第3話

「……兄さん、もういいよ。僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、それで王家と敵対して家族の皆に何かあったら、後悔してもし切れない。復讐なんて考えず、今は婚約破棄で被る被害をなるだけ少なくする事に集中しよう」

 復讐を誓って胸にやる気の炎をメラメラ燃やすティモシーを、そう言って諌めようとする言葉。傍から聞いたらそれは、口振りからしてリリアナ王女に使い捨てられた可哀想な弟君のものに他ならない。内容としても弟くんが言うなら納得のものだ。

 しかし、俺はこの台詞を聞いて度肝を抜かれた。だって、今の言葉。俺の聞き間違いじゃなけりゃ、それを発したのは……。

「えっと……ちょっと待ってくれ。間違ってたら申し訳ないんだが、今の言葉からするに、君が弟君……なのか……?」

 思わず俺がそう聞いてしまったのも無理はない。家族にも会えていなかったくらいだから最近の弟君は俺も知らないが、彼がまだ幼かった頃にならティモシーの所に遊びに来たついでに何度が顔を合わせた事がある。その頃の記憶が間違っていなければ、俺は彼をおっとりしていてのんびり屋さんだが、頭の回転は早く可愛らしい男の子だったと認識していたのだが……。

 先程ティモシーの弟として発言した人物……それは、話し合いの初めから同席している、謎の不審人物その人だったではないか。え……? 全然頭の中のイメージと違う。あの頃から10年近く経っているのだから体が成長したのはまだ分かる。だが、態度の方はまるで別人じゃないか!

 あの頃何度か言葉を交わして感じた怜悧さも、周囲に愛され培われた自信も、何もかもが尽くなくなっている。そこ居るのは世界の色んなものに怯え遠慮し萎縮する、オドオドとした1人の青年だった。お菓子を分けたら喜んで、遊び相手になったらはしゃいでいた無邪気なあの子は、もう僅かな面影すらも見つけられない。

「オリバーがこいつをカーティスだって一目で分からなかったのも無理ない。こんなにも窶れてボロボロになって、悪い意味で見違えたからな。ほら、だから言っただろう、カーティス? 今のお前は昔の知り合いが見てもお前だと分からないくらい、リリアナ王女に使い倒されて疲れ果ててるんだってば! お前は何も心配しなくていいから、大人しく休んでろ。後は俺がいいようにしておいてやるからさ」

「そんな事言って、復讐だとかなんだとか言って王家に楯突くつもりなんでしょう? 駄目だよ、そんなの。僕はこれ以上あの人達に関わりたくないんだ。ましてや復讐なんて企んでいるのがバレて、兄さん達が酷い目にあったら……。そうなったら今度こそ耐えられない。ねぇ、お願いだから復讐なんてしないで。やるとしても、正式に抗議するだけに留めてよ」

「そんなの無理だ! いくら長年顔を合わせていなかったからって、弟のカーティスをここまでこけにされてこのまま黙って引き下がれるか!」

 弟君はもう復讐を考える元気もないみたいだが、それとは反対にティモシーの方はやる気満々だ。元々1度こうと決めたら1つの目標に猪突猛進なきらいがある奴だし、このまま引き下がる事は絶対にないだろう。やれやれ、仕方ない。ここは冷静な第三者として、ティモシーの復讐を俺が見極めてやろうじゃないか。本当なら内容に関わらず何としてでも止めてやるべきなのかもしれないが、弟の為に怒り狂っているティモシーの気持ちを思うと、それも素直にはやり辛いしな。

「……それで? ティモシーはどうやって王家に復讐をするつもりなんだ? 下手な手を打つと、不敬罪とか反逆罪で反撃されて、返り討ちにあっちまうぞ。ていうか、協力してくれって事は、俺を呼んだ理由もそこに絡んでるんだよな? 一体どんな手を使うつもりなんだよ?」

「フフフ……よくぞ聞いてくれた! オリバー! 俺に女性の口説き方を教えてくれ! それで俺は、王家に復讐する!」

「……は?」

 ん? ちょっと待ってくれ。俺の聞き間違いじゃなけりゃ、今ティモシーにどうやって王家に復讐するつもりなのかと聞いたのに、何故か女の口説き方を教えてくれという返事が返ってこなかったか? ……いや、何で? 聞いたのは復讐方法だよな? 女の口説き方を教えるのが、どうして王家への復讐に繋がるんだ? 意味が分からず呆然とする俺に、ティモシーは胸を張って次のような理屈を並べ立て始める。

「先ず、俺がオリバーに女性の上手な扱い方を教えてもらう。教わった手練手管を使って俺がリリアナ王女を口説き落とし、徹底的に惚れさせる。リリアナ王女がダスティンを捨て俺の元に走った時に、俺もリリアナ王女を捨てる。リリアナ王女は恋心を弄ばれ傷つき、恋に溺れて取った行動でその身勝手さが周囲にバレ、名誉も権威も全て失う! ついでに他人に好きかって振り回される苦労も思い知る! 俺はちょっとその気にさせるような態度を見せただけで向こうが勝手に暴走したんだから、何か罰せられる事もない! どうだ! 完璧な作戦だろう!?」

 ……成程、大体やりたい事は分かった。なかなかいい作戦である。を除いて、完璧と言ってもいい。そしてその一点こそが、弟君がティモシーを止めようとする理由だろう。

「いや、絶対無理だろ。俺は反対だ」

「はぁ!? なんでだよ、オリバー!?」

「だってお前、素直過ぎて腹芸ができない上に自覚無なしのノンデリ非モテ野郎じゃん。その上因縁のある元婚約者の兄貴だぞ? 裏があんのバレバレ。どれだけ上手く擦り寄っても、確実に何かあるって思われる。リリアナ王女を惚れさせて手玉に取るとか、無理無理無理」

 俺のこの発言に、ティモシーは何も言い返せずグッと黙り込む。そういう自分の至らない所を素直に認められる率直さ、俺はいいと思うよ。まあ、そこが腹芸のできなさの裏返しなんだろうけど。

 そう、ティモシーは全く腹芸ができない。思った事が全部顔に出る。他は完璧すぎるくらい完璧なのに、唯一の欠点がこれなのだ。そのせいで対戦ゲームしてても面白いくらいに毎回惨敗するし、仕事ができるのに交渉事にだけは出して貰えないし、これだけ優秀で顔が良くて立場もまあまあいい優良物件なのに未だ婚約者が居ない。オマケに素直過ぎて思った事をポンポン言ってしまい、それがしょっちゅうノンデリ発言に繋がったりしてる。こいつにリリアナ王女を口説かせてみろ。絶対に態度に憎しみが出てしまって失敗する。

 「ほら、だから言ったでしょう、ティム兄さん。オリバーさんも絶対無理だって言うって。真っ直ぐな気性の兄さんに、そういう謀りは向いていないよ。」

「でも、それなら誰がリリアナ王女を口説く役目をやるんだ。既婚者の父さんは論外で、兄さんは堅物だから復讐なんて計画してるのバレたら絶対反対される。うちの家門の人間に頼んでもいいが、あの気位の高いリリアナ王女が伯爵位以下の人間を相手にするとも思えないし……そうだ! オリバー! お前なら何とかなるんじゃないか!? お前ならあちこちに伝手があるから王女と出会うきっかけも作りやすいし、人好きがするから伯爵令息でも相手にしてもらえるかも!」

「いや、悪いけど無理。確かに伝手を駆使したらきっかけくらいどうとでもなるだろうけど、こんな危ない橋渡って仲介してくれる人に厄介事が飛び火したら嫌だ。一応彼等にはこの歳まで家族に見放された俺の飲み食いや家の世話をしてもらったから、不義理はしたくない。リリアナ王女もやろうと思えば口説けるかもしれないけど、俺は世間に出回ってる評判が評判だしなぁ……。絶対本人にも取り巻きにも警戒される。俺がティモシーやコーエン侯爵家と親交が深いのも特に隠していなくてバレバレなんだから、尚更な」

「そんな……だったらどうすれば……」

「だから、無理に復讐なんてしなくていいんだってば、兄さん。俺はこうして家族の元に戻ってこれただけで、十分満足なんだよ」

 弟君に横から宥められて、悔しそうに俯くティモシー。名案だと思っていた考えが全否定されてしまって、それでも弟の為に復讐は諦めきれなくて。そんなティモシーの心の葛藤が、その姿を見ているだけで手に取るように分かった。確かに腹芸はできないしやや直情的でノンデリな所はあるけど、それでもティモシーは本当に身内思いの良い奴なんだよな。

 でも、今回ばかりは相手が悪い。悔しいかもしれないが、復讐は諦めてもらうしか……。そう思って何か慰めの言葉でもかけようかと口を開きかけた俺だったが、それよりも一瞬早くティモシーの方が口を開く。そこから彼が語り始めたのは、とても苦しい胸の内の吐露だった。

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