第2話
一応言っとくが、いつものティモシーはこんな意味不明な奴じゃない。少なくともいきなり俺を呼び出す事はあっても説明もなく不審人物と同席させたりはしないし、突然怒り狂ったりも前説なしに突飛な事を言い出したりとかも、取り敢えずこれまではなかった。なので今回のこの言動は全くの予想外というか、青天の霹靂というか、何があったか心配になるというか……。
「あー……ティモシー……。取り敢えずお前が俺に頼み事をしたいのは分かった。その頼み事が、復讐なのも。だが、協力するしない以前に先ずは事情を説明をしてくれ。後、お前の隣に居る誰かさんの紹介と、何故彼がここに居るのか説明も頼む。今のままじゃ、何もかもが分からん。協力云々以前の問題だ」
「……それも……そうだな……」
鬼の形相で憤怒の化身みたいになっていたティモシーが、落ち着く為かフーッ……と大きく息を吐き出す。不審者の方もティモシーが怒りをコントロールしようとしているのを見て、ずり落ちていた地面から椅子の座面へと怖々戻ってきた。不審者の事はその正体も分からず誰なんだと怪しんではいるが、俺としては相手をよく知らないだけで敵意もないので、ティモシーの怒りに脅えているのを見てやや気の毒に思った。
「どこから話すべきか……。先ず復讐したい相手なんだが実はそれなりに地位も権力もある相手だから、もしオリバーが自分の今後を考えて敵対したくないと思ったら、断ってくれても構わない」
「へぇ、結構な大物なんだ。侯爵家のお前がそう言うって事は、1つ上の爵位の公爵家とかか?」
「いや、もっと上だ」
「は? もっと上って、それじゃあ……」
「そう、王家だ」
おいおいおい。何があったか知らないが、王家に復讐って正気か? 下手したら反逆罪でお家執り潰しどころか一族揃って連座で死刑だぞ。一気に話がデカくなり過ぎだ。それに何より、王家と言えばコーエン侯爵家にとっては……。
「で、でも、確かお前の弟がリリアナ第1王女殿下と婚約してるじゃないか。このまま何事もなく行けば、行く行くはその弟が王配になるんだろう? それなのに王家に何かしたら、折角の婚約がどうなるか……」
我が国の法律は何事も長子相続と定められている。男女問わず、先に生まれた方が継承権を持つ。それは王権についても同じ事。その王位継承権第1位の王女とティモシーの末の弟が婚約しているのだから、ここで変な事さえしなければコーエン侯爵家は王配の実家となり、更には未来の君主の外戚になれる可能性すらある。王家に楯突いたら、その目算が全部パァだ。
それに、婚約している当事者2人の気持ちはどうなる? コーエン侯爵家の末っ子が、王家から強く望まれて……つまりは姫の方からの熱望で婚約を受けたのは有名な話だ。そして弟君の方もそんな姫の事を心から愛しており、彼女に見合う立派な王配になろうと日々努力を重ねているというのは、俺でも知っている。
このリリアナ王女がまた優秀で、齢16ながらも既にいくつも優れた政策を打ち出しており、人格者と名高く国民人気も高い。比べて残念ながら弟くんの方はあまりパッとせず、ハッキリ言ってあまり出来が良くないらしい。しかし、口さがない奴等はヒソヒソとあんな奴王女に相応しくないというが、それでもめげずに弟くんは成長をしようと鍛錬を重ねている。
それこそ、王宮に婚約者として召し上げられてからここ数年宿下がりどころか両親兄弟にすら会わず、学園にも通わず王宮に缶詰めで必死になって任された執務をこなしているくらいだ。彼がどれだけ一生懸命努力をしているか、それだけで分かるというものだ。ティモシーの言うところの復讐とやらは、そんな若い2人の未来に良くない影を落とすものに他ならないと、俺は思うのだが……。
「ああ、そうさ。何事もなければ、確かに弟のカーティスがリリアナ妃殿下と結婚していただろうね。まぁ、もうその
「はぁ!? なんだって、それは本当なのか!?」
驚いている俺を前に、怒りが再燃したのかティモシーはまたもや物凄い表情になってワナワナと震え始める。どういう事だか分からないが、どうやらリリアナ王女と弟君の縁組は、ご破算になってしまったらしい。なんという事だろう。あんなにも思いあっている2人だったのに。共学で呆然とする俺だったが、ティモシーが続けて口にした言葉に、更に度肝を抜かれる事になる。
「リリアナ殿下は……いいや、あの女狐は、寄りにもよって我が家と敵対してるドーセット侯爵家の糞ッタレ、ダスティンと浮気してカーティスの事を捨てやがったんだ!」
「は……う、浮気? で、でも、リリアナ殿下と弟君は、相思相愛だったんじゃ」
「嘘だったんだよ! 最初っから何もかもな!」
ここでまた一段と怒りで声を荒らげたティモシーは、いても立っても居られなくなったのか糞っ! と毒づいて荒々しく席を立つ。そのまま苛立たしげに早足で同じ所をグルグル歩きながら、何も分かっていない俺に説明をし始めた。
「確かに王家は昔、『リリアナ王女がカーティスに一目惚れして是非にでも婚約を結びたいと願っている』と我が家に打診してきた! けど、そんなの真っ赤な嘘だった! カーティスを望んだのはリリアナ王女ではなく王家やその周囲にいる重臣達で、選んだ理由はなんだったと思う? 『責務が嫌いで遊んでばかりのリリアナ王女の代わりに、やるべき事をやる代役としての婚約者が欲しかったから』だとよ!」
「へっ!? でも、リリアナ姫は王族の1人として普通に執務をこなしてるし、なんならその手腕は見事なものだって……。それに、確かに弟君は子供の頃優秀だったけど王宮での執務はあまり得意じゃなくて、勉強はできるけど実践は苦手なタイプって噂じゃ」
「リリアナ王女やその取り巻き、王宮の一部の文官達が、カーティスの仕事の成果を横取りしてリリアナ王女のものにしてたんだ! それで、代わりに失態の方はカーティスの方に押し付けて……しかも! カーティスが真実を言っても誰も信じないように、あいつは何にもをやらせても駄目だって嘘の噂まで流してやがった!」
「そんな……」
「しかも、カーティスが家族に泣きついて事が露見しないように、あれこれ理由つけて家族にも会わせず、学園にも通わせなかったんだよ! そうして軟禁した上で、リリアナ王女の仕事だけじゃなくそれぞれ自分達の仕事まで押し付けて……! 可哀想に、カーティスは仕事に追われて碌に睡眠も取れなかったんだとよ!」
ティモシーのこの話に、俺はあんぐりと口を開け固まるしかない。俺は伯爵家の人間だが、先に言った通り家族から疎まれているので王家の面々と顔を合わせるような場には出して貰えない。普段付き合いのある人間も伴ってもらってパーティーに出る事はあるけれど、そういうのって大抵遊びとか友人付き合いがメインのパーティーだけ。仕事とかお披露目とか、王族の方にお目見えするような真面目な場には外聞が悪いので俺の方から遠慮してついて行かないようにしている。
だから王家の面々とは縁遠くて、大抵は人伝にその人柄や功績を伝え聞くばかりだ。そうして俺が知る限りじゃ、王族の人達はそんなに悪い人達ばかりだとは思えなかったのだが……。だが、ティモシーの弁ではまるで真逆の人間性じゃないか。まさか二重人格って訳じゃあるまいし……これは一体どういう事なのだ?
混乱を深める俺に、気がついているのかいないのか。ティモシーはここに来てまた、もっと信じられない事を言い始める。
「しかも! あいつらカーティスの人生を自分達の好きなように使い潰しておいて、ダスティンがリリアナ王女に粉かけたら、そっちの方が見てくれもいいしってコロッと乗り換えて弟の事はゴミみたいに捨てやがった! それだけじゃないぞ! 突然の婚約破棄を告げられ驚いた両親が慌てて王宮に駆けつけたら、なんて言われたと思う? 『これまでカーティスが他の人の分まで仕事を頑張っていたのは、本人が勝手にやっていた事だから知らない。世間ではリリアナ王女はとても優秀な人間という事になっているから、その理想像が崩れないようにこれからも影で働いて支える役目を与えてやる。それと、リリアナ王女に瑕疵がつかないように婚約破棄はカーティスの有責にしておくから、そのつもりでいるように。だから当然慰謝料も貰う。後でこっそり返すから、問題ないだろう?』って言いやがったんだよ! お陰で母さんはショックのあまり寝込んでるし、父さんは義務感で何とか動いて後始末してるが、それでも殆ど呆然としてる! 兄さんはそんな2人のフォローでてんてこ舞いだ!」
はぁ? それってつまり、これまで余暇どころか人生すらも奪ってまで、仕事を押し付け続けてきた事に対する保証は一切なし。そこまでして弟君が耐えてたのに、婚約者の座もお役御免。更にはこれからもリリアナ王女が見栄を張れるように仕事の肩代わりは続けて、浮気して婚約者を取っかえた事で世間から責めれないよう、弟君の方が悪くて婚約破棄になったという事にしろ。ついでに辻褄合わせの為に大金もよこせ……って事か? 物凄い横暴だ……。
リリアナ王女を始めとした王家やその周囲がそんな非道な事をするなんてにわかには信じ難いが、だからと言ってティモシーがこんな壮大で荒唐無稽な嘘をつく理由はない。それに、かれこれ10年近く友情を育んできた間柄だからこそ分かる。ティモシーは好き好んでこんな面白くもないタチの悪い冗談を言うタイプでもない。人伝にしか聞かずよく知らない王家よりも、俺は親友を信じる。
「そうか、事情は分かった。それなら、王家に対して弟君の無実を訴え正式に抗議をするんだな? だが、コーエン侯爵家だけで講義をするにはやや心許ない。それで、顔の広い俺越しに支援者を集めたい……そういう事なんだな?」
「いいや、そんなんじゃ生温い。それくらいじゃああいつらは、カーティスの万分の一も苦しまないし、碌に反省もしないだろう。だから俺は、もっと盛大にやり返してやるつもりだ」
そう言って決意を込めた目でグッと拳を固めるティモシー。もっと盛大にやり返す? 一体何をやるつもりなんだ。まさか弑逆でも企ててるんじゃ……いや、可愛い末っ子の為とは言え、流石にそこまで見境なしではないと信じたいが……。一抹の不安を覚え眉を顰める俺を、ティモシーは自信満々に見返すのだった。
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