責任取るのは俺の方でした《全年齢版》
@garigarimouzya
第1話
オリバー・ターナーは節操なしの遊び人で、それこそ種馬の様に引切りなしに誰とでも寝る男だ。自分がそう言われているのは重々承知していたが、否定はしない。事実を否定してもどうにもならないからな。俺がとんでもない遊び人で、来る者拒まずで誰とでも関係を持っているのは、紛う事なき真実だった。
最初のきっかけは些細な事。長男の兄と病弱で可愛い末っ子の妹に挟まれた三人兄弟の真ん中だった俺は、分かりやすく家族や周囲から関心を持たれずに育った。それが寂しくて家の外に愛情を求め始め、その内そんな俺を家族が節操なしだと明確に嫌うようになり、結果的に前よりもっと俺の為の金や手間なんかのリソースを削がれるようになった。そのせいでとうとう伯爵家の子息なのに食うにも困り、最終的には日々の糧を得る為に色んな人間の元を渡り歩くようになって……そして今の俺がある。
とは言っても、俺だって考えなしに別に誰彼構わず寝てる訳じゃない。そんな事したら遅かれ早かれどこかでよくない病気を貰うし、万が一何かがあってその責任を取れなんて言われたら困るからな。子供の頃にしてたのは寂しくて偏屈な老人達の話し相手。ある程度成長してきたら幼くして子供を亡くした夫婦のお手伝い。青年になった今は寡婦や弁えた妻を持つ金持ちの紳士の遊び仲間だ。
やりたい盛りのお歳頃なので清廉潔白な禁欲生活を送っているとは言わないが、それでも世間で噂されているような酒池肉林だとか乱行パーティーだとかとは、縁遠い。それなりに品行方正に暮らさせてもらっている。ま、他人からの好意は、金品サービス問わず享受させてもらっているけどね?
性的に奔放だとまことしやかに噂され特にそれを否定もせず、家族にすらふしだらだと嫌われている俺だったが、それでも少なからず友人は居る。彼等は世間の風聞に惑わされず、俺の本質をよく分かってくれていた。そういう友人に恵まれるとどれだけ事情を説明しようが、元はと言えばそっちが俺を放置したんじゃないか、と何度繰り返してもお前が悪いとそればかりの家族に対する愛着は薄れていく。そのせいもあって学園の寮に入寮してからこっち、俺は実家に帰っていない。
さて。俺には老幼男女、身分の貴賎を問わず友人が居る。その中でも特に仲がいいのが、同学年で侯爵家次男のティモシー・コーエンだ。こいつとは年少クラスの時に人見知りして緊張してるだけなのに、家格も相まって凄んでいると周囲から遠巻きにされ、泣きそうになっているところに俺が声をかけて以来の付き合いである。昔は直ぐ見知らぬ他人にビビる引っ込み思案なところがあったティモシーだが、俺が人との付き合い方を教えてやったお陰で今ではとても明るく五月蝿い根明に成長している。
根っからの放蕩者で極楽蜻蛉の俺とは違って、ティモシーは将来跡取りの長兄の補佐として働く事が決まっており、学園でも生徒会活動や勉学運動何でも熱心にこなしていて忙しい。その事もあって最近ではたまに時間がある時にだけ軽く会話をするだけだったのだが……。何故か今日はコーエン侯爵家に来てくれと呼び出しがかかった。しかもそれは至急の用で、尚且つ極秘の用事なんだとか。
訝りながらも、良い友人の頼みなので俺はホイホイコーエン侯爵家を尋ねた。頼られたら即行動。このフットワークの軽さが、俺が実家から見捨てられても他人からの支援だけでここまで生きてこられた理由だ。他人が困っている時に親身になれば、それだけで俺が困っている時に他人は親身になってくれる。家族から愛されなかった俺なりの処世術だ。さて、そんなこんなで俺はコーエン侯爵家の庭園に通され、そこに用意されたテーブルの席に着いたのだが……。
「……で、ティム。そいつは誰なんだ? 俺はお前に相談があって、尚且つ
直接話しがしたいとくれば、それはもうつまり話した内容の客観的証拠が残る手紙では安心して話せない相談事をしたい……という事だと思ったのだが……。何故か、俺が着席したテーブルには、ティモシーと俺以外にもう1人同席している人間が居る。
見覚えのない男だ。体は大きめだが、猫背気味で正確な身長は分からない。自信が無いのか俯きがちで、長くまとめられていない洗いざらしの髪が陰気そうな雰囲気に拍車をかけていた。本人の体を美しく見せる為に計算し尽くされて誂えられた服を着ているようだが、縮こまって座っているのでそれが全てを台無しにしている。
鼻の頭辺りまで伸びた灰青色の髪はボサボサで、その隙間から時折周囲の様子を伺っている紫の瞳が見えたが、その瞳はどこかくすんでいるし何よりオドオドと視線を彷徨わせているせいであまり見てくれが宜しくない。肌の色も抜けるように白いと言えばき声がいいが、その実普段から日に当たっていないだけらしくむしろ不健康に青白い。その人物は小心者らしく仕切りに周辺の物音や風にそよぐ木の葉の動きに一々怯えていて、隣に座るティモシーの後ろに隠れたいのを必死に我慢しているのか、彼の方に若干体が傾いていた。
ハッキリ言って、物凄い不審者だ。その態度は勿論、貴族階級と裕福な平民階級の社交界に顔の広い俺が顔を知らない事からも、失礼ながら大層な人物とも思えない。少なくとも有名人じゃないのは確実。なんでそんな奴がこんな大事な場に? ティモシーの事だから何か考えあっての事だと察しはするが、意図が全く読めなかった。そして俺は答えを求めてそのティモシーの方を見るのだが……。
「……ティモシー?」
え、なんでそんなに険しい表情してんの? 具体的に言うと、目尻を吊り上げて眉を顰めて歯を剥き出しにして唸るような表情までして。正しく激怒って単語がピッタリ当て嵌る感じの表情だ。ティモシーはいつも明るくニコニコご機嫌で、朗らかで付き合いやすい性格の奴なので、こんな顔長い付き合いの俺でも初めて見たぞ。
どういう事だと困惑する俺だったが、当のティモシーは何故か益々怒りを深めているらしく、表情がどんどん怖くなって行って今や物凄い顔になっている。ブチ切れモードから暗黒魔王様モードへメタモルフォーゼ、って感じだ。今なら世界も滅ぼしそう。それくらい傍目から見て怒り狂ってる。ティモシーの横に座っている男はそんなティモシーを見て、怯えているらしく益々縮こまっていた。
何でそんなに切れてんの、と聞こうと口を開きかけるが、それより先に目にも止まらぬ早さでティモシーが拳を固めダァンッ! ともの凄い音を立てながら目の前のテーブルを叩く。拳の勢いが強過ぎたらしくその衝撃でテーブル大きく揺れ、なんと信じられない事にティモシーが拳を叩きつけた所にはビシリと罅まで入った。
おいおい、嘘だろ。侯爵家の備品なんだからこのテーブルは安物ではないし、作りもかなり確りしたものの筈だ。それが、この有様って。ていうか、拳を叩きつけただけでテーブルって罅入るもんなん? 普通有り得なくない? どういう事だよ。俺はもう困惑し切りだ。隣の不審者男なんて、ティモシーの剣幕にビビり過ぎて椅子から転げ落ちかけ、何とか踏み留まったものの結局バランスを崩し地面にズルズルとズリ落ちている有様だった。
しかし、そんな周囲の同様などものともせず、ティモシーは怒りに燃えるその瞳を、ギギギッ……と音が立ちそうなぎこちなくゆっくりとした動作で俺の方へと向ける。え、俺なんかやらかしたっけ? この目で見られると心当たり皆無なのに無性に懺悔したくなってくるから不思議だ。できる事なら今直ぐケツ捲って帰りたいが、ここまで来て逃げたらそれこそとんでもない事になりそう。
ティモシーの誘いに乗った事を若干後悔しつつも、俺は再度彼の様子を伺う。恐る恐る声をかける俺に、返ってきた言葉は……。
「ティ、ティモシー……?」
「オリバー! 復讐に! 協力をしてくれ!」
「……は?」
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