第3話 気まぐれを叶える悪魔

「嫌だもうめんどくせえ」


 会社から社員に一律で支給されるパソコン。

 窓まで持って行きたくなる。


 持って行きたくなるだけだ。


「誰か代わりにやってくんねえかな」


 周りには誰もおらず、割と大きめの声で愚痴れる。もし聞かれでもしたら、同期なら気まずいし後輩なら恥ずかしいし上司なら青ざめる。


 仕事がしたくない。

 それだけだ。

 もし辞めたらどうしようとかを考えてるわけじゃない。そんな真面目に将来設計できるはずもない。


 これから先数十年、死ぬほど興味のない仕事に人生を捧げるのかと考えると憂鬱になるだけだ。


 ぼんやりと画面を眺めていると急に視界を知らない顔面が覆った。


「よろしければ、私があなたの願いを叶えましょう」

「オーイェー不法侵入警察警察ぅ」


 突然隣に現れた不思議な紫ピエロサラリーマン風情を通報しようとするも何故か携帯の電源は落ちていて、内線は反応しない。


 大声を出そうとすると喉が締まったような感覚になって掠れた声しか出なくなった。


「どうか落ち着いてください。私、悪魔のアースモと申します。こちら名刺です」


 お納めくだい。と差し出された、役職名が悪魔で名前がアースモと書かれている以外は普通の名刺を取りあえず受け取る。

 自分の名刺は怖かったので渡さないことにした。


 パープルピエロはこちらの困惑など一切気にしていないかのように続けて話し始めた。


「ご存知の通り、悪魔というのは貴方がた人間の願いを叶える代わりに代償を頂くことを生業としております」 

「はぁ」

「願う内容によって頂く代償も細かく規定されていまして、お客様のご要望を事細かに確認させて頂く必要がございます」

「へぇ」

「早速ではございますが、お客様ご自身の願い事を確認させて頂いてもよろしいでしょうか」

「そうですね……」


 不審者に迫られながらも周りに助けを呼べない状況。

 抵抗することはできるのかもしれないが、直感が素直に従ったほうが良いと告げる。


「……今、任されている仕事があるんです。それを俺がこれ以上手を加えなくても滞りなく終わるようにできたらな、と」

「なるほど。承りました」


 事細か、というほど伝えられていない気がしたが目の前の紫こんちくしょうは力強く頷いてくれた。


「こちらが契約書になります」


 契約内容は業務の代行。

 代償は寿命一年分。


 今、この場所は確実に頭が狂ったような空間だ。

 なのに目の前の紙切れに少しも疑問が湧かない。


 そこからはサツマイモ怪人に言われるがままにサイン押印テンペスト。

 契約書はあれよと言う間に完成し、気づいたら目の前から悪魔はいなくなっていた。


 次の日出社すると上司から自主退職を勧められた。


「あぁ、なんだ。そういうことだったんですね」


 一人で勝手に合点がいったのを、上司は「はぁ?コイツはぁ?」みたいな顔して見てきたけど了承の意味の頷きだけして机に戻る。


 適当に退職願いを書き置きして、引き継ぎを放置して退社した。


「宝クジでも買うか」


 こんな簡単なことで願いが叶うなら、代償の寿命という異様な軽さも納得だ。




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