第38話 ブレス







 ククリが敵の護衛四騎を払い除けると言う。そこまで言うなら、敵の護衛騎の中へ突っ込んで行ってやろうか。


 僕はククリが魔素を魔力へと変換するのを手伝ってやる。あまりやると拷問になるから、そこんとこは気を付ける。

 僕が魔力変換を始めると、ククリが少し驚いた感情を見せるが、直ぐに『援護に感謝するぞ』と一言伝えてきた。

 そして天高く雄叫びを上げると、敵の護衛騎に急降下して行った。


 ククリは僕の操竜を無視して、敵騎に接近する。

 近付き過ぎて、連装砲筒の照準が合わせられない。

 僕が「ククリ、もっと距離を取れ!」と命令するも、ククリは言うことを聞くつもりは無いようだ。

 逆に『ここは我に任せよ!』と返答があった。

 任せよと言われても、いったいどうする気なんだか。


 そこでククリが首を右に向けて、大きく口を開いた。何をする気かと思えば、大きく開けた口の周辺がメタリックな緑色に輝き始めた。

  


 何をする気だ?




 突如ブレスを吐いた……




 緑色のブレス。



 すれ違う様に右側を飛んでいた敵二騎が、一瞬で緑色の砂になって風に散った。


 唖然あぜんとして声も出ない。


 ドレイクがブレス?

 ドレイク?

 ドラゴン?

 どういうことなの?


 操竜どころではなかった。

 完全に僕はパニック状態だ。

 しかしククリは勝手に動き続けた。


 さらに続けてククリが旋回しながら、敵騎を追う様に首を振りつつ緑色のブレスを吐く。


 それを受けた敵二騎が、緑色の砂となって風に消し飛んだ。


 あっという間に敵の護衛騎は砂と化した。


『すまんが魔力変換の補佐を頼めるか』


 そのククリからの念話で僕は我に返った。

 ま、魔力補充か。


「う、うん、分かった……魔力ね」


 ククリは魔力の変換を希望したらしいのだが、その時僕は変換ではなく、純粋に魔力の補充をしてしまった。

 そう、僕の魔力をククリに直接流し込んでしまったのだ。


『おおおっ、何と膨大な魔力……まて、それ以上は……多過ぎ、多過ぎだからっ。ちょ、待てぃ!』


「あ、ごめん」


 ククリは溜まった魔力をブレスで放出すると、僕に念話を送ってきた。


『はぁ、はぁ。貴様、何なのだ、その魔力量は!』


「魔力量じゃなくて、多分だけど魔力への変換効率の問題だと思うけど。あれ? 魔力補充で良かったんだよね」


『魔力の変換の補佐を頼んだのだが……』


 やらかしたか。


「あのさ、その前にだよ。ククリってドレイクだよね?」


 僕の質問に対してククリは心外そうに言った。


『そんな劣等種と一緒にするでない。我はエメラルド・ドラゴンの末裔なるぞ』


 エメラルド・ドラゴン!


「何で今まで黙ってたんだよ!」


 ククリは念話を送りながら、ロック鳥の編隊へと上昇して行く。


『特に聞かれなかったし、劣等種ごときに打ち明ける気もなかったしな』


 その劣等種に捕縛されたのは誰なんだよと突っ込みたい。


 そこへ敵の火槍が僕を掠める。

 ロック鳥の対空防御の砲筒だ。


「うわっと。まあ、話は後にして、まずはこいつらを何とかしようか」


 有効射程外だというのに、先程よりも激しい対空砲火だ。

 ブレスを吐いたからだろう。近付いて欲しくないという意思が、ハッキリと伝わってくるよね。


「ククリ、先頭のロック鳥のから仕留めるよ」


『了解した』


 気を取り直して先頭を飛ぶロック鳥に狙いを定める。

 敵護衛騎との戦闘で、高度が大分落ちてしまった。それにロック鳥の編隊は、飛行基地にかなり近付いてしまった。急いで上昇して全騎撃墜は無理でも、せめて追い返さないといけない。


「ククリ、このままだと基地だけじゃなく格納庫も爆撃される。何としても防ぎたい」


 僕がそう言うとククリは慌てる様子で返す。


『なんと、我の寝床を爆撃しようというのか。そうはさせん!』


 そう念話を送ってくるや、急激に上昇速度を上げた。

 この態勢からさらに加速するとか、ちょっと信じられない。恐ろしい程の能力だ。さすがドラゴンといったところか。


 そしてまだ距離があるというのに、ククリは口を開きブレスを吐く動作をする。

 口を開けたまま首を引くと、口の周辺が緑色に輝き始めた。

 そして勢い良く頭を前に出すや、口から緑色のブレスを吐く。


 かろうじて届いたのだが、ブレスは散ってしまっていて、威力がかなり落ちているみたいだ。

 それでもロック鳥の尻尾の辺りが大きく砂状になって、風に散って無くなった。

 だがそれでも落ちなかった。

 鳴き声を上げはしたが、何とか持ち堪えて飛んでいる。


 ククリが『ちっ』と念話を送ってきたが、舌打ちを念話で送る意味あるのだろうか。


 ただここで僕も黙っていなかった。この距離なら連装砲筒も届く。


 狙いを微調整をした後、僕は連装砲筒を発射した。


 何度聞いても凄まじい発射音。

 ドンッドンッと二発撃った。


 かなり有効射程から離れているが、二発撃った内の一発は何とか左翼に命中。

 

 爆発と共に血の付着した羽根が空中に舞う。


 その爆発で左の翼が千切れ落ちそうになった。そしてグルンと回転したかと思ったら、近くを飛ぶ別のロック鳥に接触。

 乗員が乗り込む箱が破壊され、ゴブリン兵が何人も空中に投げ出された。

 その時、大量ロープがロック鳥同士を絡めさせ、もつれ合う様にして落下して行く。


 これは二騎撃墜だろうか。


 ……直ぐに気を取り直す。


「次!」


 早く他のロック鳥も撃ち落とさないと、飛行基地を爆撃されてしまう。


 そこでククリが一言。


『ええい、面倒だ!』


 そう言って、ロック鳥の編隊のど真ん中に突っ込んで行った。

 

 僕は慌てて近くのロック鳥に狙いを付けて、砲筒の引き金を引く。


 何度撃っても慣れないドンッドンッという激しい振動。

 二本の火槍を発射した。


 編隊の中央を飛ぶロック鳥が標的だ。


 しかしククリの動きに合わせ切れなくて、二発とも外してしまう。

 そこで残りの火槍が一本だと気が付く。

 残り一本でロック鳥八騎の阻止は無理だ。敵の護衛の一部が、徐々にこちらに向かって来てもいるし。いくら何でも、ククリのブレスだけで乗り切れる訳が無い。


 そんな事を僕が考えているとは知らずに、ククリはブレスでロック鳥一騎を砂に変えた。

 だが僕には分かる。

 ククリの魔素が枯渇しかけている事を。ブレスは強力だが、それには相応の魔力が必要なのだ。

 その証拠に先程の魔力変換の依頼だ。


『主よ、すまんが魔力を頼めるか』


 やはりそうか。

 ブレスは魔力を多く使う。

 僕の魔力の補充だけでしのげるのか。ここから先は未知の領域だ。

 

 そんな事を考えていると、敵の火槍が連続してククリの身体に命中する。その内の一本が僕の左肩口を掠めた。


「ぐぅっ!」


 声が漏れた。

 すかさずククリが念話を送ってくる。


『主よ、負傷したのか?!』


 咄嗟に左肩口に目をやると、裂けた防寒着の間から、真っ赤な鮮血が空に散っていくのが見えた。

 直ぐに分かった。これは重傷だと。直ぐにでも治療しないとマズい。

 操竜士には定期的にヒールポーションが配給される。と言っても僕達下士官に配られるのは、レッサー・ヒールポーション。ヒールポーションの中でも一番ランクの低いポーションだ。

 それでも無いよりはまし。

 地上の部隊では、個人で配られるのは士官以上だし。

 

 だが、ここで敵への攻撃をやめる訳にはいかない。友軍飛行基地はもう目の前だからだ。ここで止めたら基地が爆撃される。


「ククリ、僕は治療を始めるけど、攻撃は続けてもらえるかな」


 すると少し間を置いて念話が返ってきた。


『仕方無い。魔力消耗を控えてブレスは無しでいくか。まあ、任せてくれ、主よ』


 何とも嫌な予感しかしない返答だった。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る