第39話 報告
僕は出来るだけ姿勢を落として風の抵抗を防ぎ、バッグからレッサー・ヒールポーションを取り出す。
これだけ速度の出ている中でのポーション使用は、かなり難しい作業となる。風でポーションは散るし、当て布も飛んで行ってしまう。
最悪なのはポーションが、ツボごと風に持っていかれることだ。それだけは避けないといけない。
僕は慎重に当て布にポーションを浸す。
そして大きく
大丈夫だ、慎重にやれば出来る。
破れた防寒着の隙間に当て布を押し込む。
良し、うまく出来た。
どういう訳か痛みはあまり感じない。
ジンジンとする痛みだが、全然我慢できるレベル。
だがポーションは染みた。
「くう~、染みるっ!」
その時、ククリが大きく揺れた。
あっと思った時には、残ったポーションが顔面にかぶっていた。
「苦い……」
気を取り直してゴーグルを掛け直し、前方に視線を移す。すると直ぐ目の前に、ロック鳥の背中が迫って来た。
そしてククリはあっという間にロック鳥の背中に飛び乗り、そこにいるゴブリン兵達に襲い掛かった。
尻尾で薙ぎ払い、その鋭い牙で暴れまくる緑色に輝くドラゴン。
騎乗する僕の視線で見ると、まるで自分が暴れているかのようだ。
ゴブリン達のこちらを見る恐怖の目。
それは圧倒的強者を前にしたネズミのよう。しかもこの大空の下、逃げる場所などどこにもない。
一方的に蹂躙されていく。
しかしロック鳥の前部と後部に配置されたゴブリン兵が、勇気を振り絞って魔法攻撃をしてきた。ワンドによる石弾の攻撃だ。
だがそんなもの、ドラゴンに効くはずもない。
ククリがじろりと睨み返すだけで、その魔法攻撃は無くなった。ゴブリン兵はワンドを捨てて、狂ったように自分の身を空に投げ出したからだ。
ドラゴンとは、それほど恐怖に値する魔獣なのだ。
おかげで僕は石弾から逃れられた。
ゴブリンからの攻撃が無くなると、ククリはロック鳥の背中を歩いて前に移動して行く。
そしてその首根っこに噛みついた。
「グオルルルルッ!」
空に響き渡るロック鳥の絶叫。
しかしまだ飛び続けるロック鳥。
『ロック鳥はあまり美味くないな』
そんな事を念話で伝えながらロック鳥から離れて行くククリ。
緊張感が消し飛んだよ……
しかし首根っこを噛みちぎられたロック鳥は、徐々に速度を落として降下しながら編隊を離れて行く。
それを見たら何だかヤル気が出てきた。
「何だ、圧倒的じゃん!」
完全ではないが、止血して少しだけ元気を取り戻した僕は、ククリに気合を入れた。
その方法は、ちょっとだけ魔力を流し込んだのだ。
するとククリは元気百倍とばかりに、翼を大きく羽ばたかせて再びロック鳥へと突撃した。
敵の火槍の猛攻撃を潜り抜け、必殺のブレス!
今度は一撃だった。
まともに頭からブレスを受けたロック鳥は、そのまま落下。さらにその下を飛んでいたロック鳥に激突。
撃墜まではいかなかったが、負傷したロック鳥は
悪くない流れだ。
この勢いで次の標的を狙う。
しかしドラゴンの数倍の大きさのロック鳥なのだが、戦うとドラゴンにはまるで歯が立たない。
改めてその力に感心した。
だけどそのドラゴンを従えているのは、ひ弱な人間の僕なんだよな。
何とも言えない気持ちになる。
さらに新たなロック鳥をブレスで一騎落とした所で、全てのロック鳥が
どうやら爆撃は諦めて撤退してくれるようだ。
ロック鳥の編隊の全騎撃墜は出来なかったが、基地の爆撃は避けられた。
まあ、一応目標は達成かな。
そこで友軍騎が気になって、下空を覗いてみた。
敵の護衛騎も撤退して行く。
数を数えると友軍騎は一騎も欠けていない。全騎無事のようだ。
「ククリ、戻ろうか」
こうして何とかロック鳥の編隊をも退けることが出来たのだった。
ビーナス飛行隊の面々は先に飛行基地に着陸していた。
そこへ僕とククリが着陸しようとするのだが、何だか人が集まっている。間違いなく、ククリがブレスを吐いたことでだろう。
ドレイクだと思っていたら、実はドラゴンでしたって展開。それは驚きを通り越した出来事だ。なんせ過去にドラゴンに騎乗したのは一人だけで、伝説と化している。それなのに、僕みたいなヘッポコが騎乗してしまっているんだから、それは一大事だろうな。元々東部戦線のエースである、ロバート・ボング大尉が騎乗するはずだった翼竜だ。
ボング大尉に申し訳ない……
地上に降り立つと、直ぐに人混みに囲まれた。しかしククリから一定の距離を保っている。そりゃあ、ドラゴンと分かったからそうなるか。
その人混みをかき分けて、士官が一人前に出て来た。
「トーリ上等兵曹、これはどういう事かね!」
ローレンツ少佐だった。
その後ろにはビーナス大尉もいる。
二人の視線はククリに釘付けだ。とは言っても一定の距離は空けている。
僕はククリから降りて、ローレンツ少佐の前に立って敬礼した。
さて、ククリに関してだけど、どこから説明すれば良いのだろうか。
「少佐殿、ええっと、まずはククリを格納庫へ連れて行ってもよろしいでしょうか」
魔素を消耗して疲れているククリを早いとこ休ませたい。それに出来れば僕も休みたいんだが。
するとローレンツ少佐。
「ふむ、そうだな。その後で良いから話を聞こうじゃないか。指揮所で待ってるぞ」
・
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僕は大勢の視線を浴びながら、ククリを格納庫へと入れた。
何故かあちこちから整備兵が応援に来ている。いつもの倍はいる。
その表情には明らかにヒビり感があった。
まあ良い。
後は任せて僕は、ビーナス大尉に連行される様に指揮所へと向かった。
「トーリ上等兵曹、上官達の前で詳しく聞くから覚悟しておくのね」
歩きながらビーナス大尉にそんな事を言われた。
いつもはエロ綺麗な大尉だが、この時は恐ろしげに見えた。
指揮所に着くと会議室へ行けと言われる。いつもと違う流れだな。
そして会議室に入って行くと、そこにはビーナス飛行隊の面々が待っていた。今日迎撃に上がった戦友達だ。
そしてテーブルの向こうには、ローレンツ少佐と基地司令官の中佐が椅子に座っていた。
僕の到着を待っていたらしい。直ぐに戦闘報告が始まった。
ビーナス大尉主導で報告は行われ、時々他のメンバーに話を振られて、補足説明をする感じで進められた。
だが、僕には話が全く振られない。それも当然のことだ。僕は別行動してたのだから。
ただし話の流れの中に、身体の一部が砂と化したロック鳥が上空から落ちて来たと報告があった。
そこでチラリと僕を見るローレンツ少佐と、ジロリと見る司令官。
「その話はあとで当人から詳しく聞くとして、報告を続けたまえ」
僕は最後なんだ……なんか恐いんだけど。
そしてビーナス大尉やマーク小隊長の報告が終わり、いよいよ僕の番が回ってきた。
心臓がバクバクする中、深く深呼吸して心を落ち着ける。
そして報告を始めようとしたところで、司令官が口を開いた。
「報告ご苦労、トーリ上等兵曹以外は退室して良し」
「あれ?」
思わず声が漏れてしまった。
隊長達やビーナス飛行隊のメンバーは、僕をチラチラ見ながら次々に退室して行く。最後にカザネさんが心配そうな顔で僕を見て去って行った。
部屋の中で、少佐と中佐の二人の前に小さく座る下士官の僕。
そう考えると、ここがまるで説教部屋に見えてきた。
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