第34話 ドレイク初飛行







 グリーン・ドレイクを譲り受けた翌日から、早速試乗が始まった。

 ローレンツ少佐とその部下十数人が、付きっきりで僕の試乗をサポートしてくれる。

 本当に申し訳ないほどに。


 しかし、どうしても僕は大空に舞い上がる事が出来なかった。

 というのもこのドレイク、知能が高い為なのかプライドも高いらしく、僕が騎乗しようとすると露骨に嫌がって拒否する。

 僕が強引に騎乗しようものなら、恐ろしいほどの眼光で睨みつけ、整備兵もろとも吹っ飛ばされてしまう。

 その時の感情が僕に伝わってくる。


 『劣等種の分際で!』


 完全に僕達を見下している。

 だが幼い頃から人間に飼い慣らされたというのに、その人間をも劣等種と思っているのか?

 そんなはずはないと思う。

 人間の中でも劣等種とそうでない者を区別しているんじゃないだろうか。

 ならば僕を認めさせれば良い。

 

 さて、どうやったら良いだろうか?


 僕は一晩中悩んだ挙げ句、ひとつの答えを見い出した。

 

 翌日、夜明け前から僕は、グリーン・ドレイクの格納庫へと向かう。

 到着すると、宿直の見張り兵が四人いるだけだった。

 僕は一人格納庫へと入り、意を決してグリーン・ドレイクに触れた。

 そしてドレイクの体内の魔素を強引に僕が魔力に変換。それも極限まで変換してやった。

 その途端、ドレイクが悲鳴の様な鳴き声を響かせて暴れ出す。

 保護柵があるから逃げられはしないが、その保護柵が壊れそうな勢いの暴れ方だった。


 騒ぎに驚いた見張り兵が格納庫に入って来るが、それを大丈夫だと言って追い返す。

 そしてドレイクに向かって再び続きをしようとすると、ドレイクから意思が伝わってきた。いや、意思というより言葉だ。


『た、頼む、やめてくれ!』


 何だ、人族の言語が分かるんじゃないか。本当に知能が高い種族なんだな。

 それに予想以上にこの方法の効果は高かった。


 僕は魔力変換を止めて、普通に言葉で返す。


「人族の言語を理解出来るんだね」


『そ、そうだな……発音は無理だがな。念話でなら話せる』


「それで君の名前を聞いても良いかな」


『我に名前など無い!』


 僕は再び魔素を魔力に極限まで変換した。


『うおおおっ、待て、分かったかららそれはよせ!』


「で、名前は?」


『人間が付けた名前は“ククリ”だ』


 ククリナイフのククリか。


「ならククリ、今から君に騎乗して空を飛びたいんだけど、どうかな?」


 すると一瞬難色を示したのだが、僕が再び魔力変換しようとすると、直ぐにあきらめて「善処しよう」と言ってきた。


 そしてローレンツ少佐達が来る頃には、僕は騎乗出来るまでにはなった。

 そのローレンツ少佐はというと、僕がドレイクに騎乗している姿を見て、目を丸くして言った。


「何故、乗れている……」


 まるで僕が騎乗しちゃいけないみたいな言い方だ。


「何故と言われても困ります。努力の結果としか言えませんね」


「そうだな、貴官に理由を聞いては駄目だったな。ちょうど夜明けで外も明るくなってきている。空を飛んでみるか?」


 僕は大きくうなずく。


 そしてローレンツ少佐の指示で、整備兵達が格納庫の扉を開け始める。それに伴いドレイク用の保護柵も開け放たれた。


 するとククリは僕を乗せたまま、格納庫の外へとゆっくりと歩み始めた。

 ローレンツ少佐や部下の整備兵達も、保護用のロープを引っ張りながら一緒に付いて来る。


 そこでローレンツ少佐が大声で言った。


「トーリ兵曹、飛んで見せてくれ!」


 整備兵達がククリを保護用ロープから開放した。


 それを確認した僕は、ククリに小さな声で告げた。


「飛んで」


 するとククリが走り始める。


 それはほんの数メトルだが、大地を揺るがすほどの助走だった。

 周囲にいた整備兵達が、揺れに驚いて思わずしゃがみ込む。


 そこでククリは突然大きく翼を広げ、羽ばたいたかと思ったらフッと揺れが止まった。

 そして僕の視界の景色が下がっていく。


 空に舞い上がったのだ。


 そこから僕は飛ぶことに夢中になった。時間を忘れるほどに。


 その能力はワイバーンとは格段に違う。圧倒的なパワーとでも言おうか。魔力の使い方も上手い。

 ドレイクとワイバーンではこんなにも違うのかと、思い知らされた。

 最高速度、加速力、上昇力、旋回能力、あらゆる面でワイバーンを凌駕りょうがしていた。

 何より飛んでいて楽しい。

 僕とククリは雲を越えて、朝日を浴びながら大空を駆け抜けた。


 そこでふと時間のことを思い出した。


「しまった、時間を気にしてなかった」


 僕は地上へと降下していった。


 豆粒みたいなのが忙しなく動いている。

 高度を落としていくと、それが整備兵達だと気付く。皆、僕を見上げていた。


 地上に降り立つと、ワラワラと整備兵が集まって来た。ローレンツ少佐もその中に混じっている。


「大成功じゃないか。見事な飛行だったよ」


 ローレンツ少佐に怒られるかと思ったら、逆に褒められてしまった。

 飛んだだけで褒められるなんて、何だか笑える。


 そこでローレンツ少佐。


「初飛行は大成功だったな、さすがトーリ兵曹だよ、いや、トーリ上等兵曹」


 は?


「僕は兵曹ですよ?」


「貴官は今日付けで上等兵曹に昇格になったんだよ。その内に辞令が送られてくるはずだよ」


 何と僕が上等兵曹になったのか。


 嬉しさよりも驚きの方が大きい。

 階級なんてのは、余程のことが無い限り上がらない。それが通例であって、一生同じ階級なんてのもざらにある。そんな中で僕の昇進。

 僕はそんな大層な事をしたのだろうか?

 

 そんな事を考えていると、ローレンツ少佐が言葉をかけてきた。


「では次のテストへ移るとしよう。トーリ上等兵曹、連装砲筒を積み込むぞ」


 ああ、これはあれだ。今日は一日テストづくめになるやつだ。

 そして僕の予想通り、その日は朝から晩まで色んなことをやらされた。

 僕が宿舎に帰る頃には、星空が広がっていた。


 宿舎に帰ると、あっという間にビーナス飛行隊のメンバーに囲まれる。


「ねえ、ねえ、トーリ、どういうことなの?」


 真っ先に疑問を投げ掛けてきたのはカザネさんだ。

 続いてマッシュ君。


「そうだ、あの緑色の翼竜は何だ」


 カザネさんの小隊メンバーとマッシュ君に囲まれて、僕はすっかり猛獣の中に投げ込まれたウサギ状態だ。


「「「説明して!」」」


 この女性陣の一声でやっと静まり、僕がしゃべるタイミングが見つかった。


「ええっと、あの緑色の翼竜はドラゴンじゃなくてドレイクなんだよ。実はねボング大尉がーー」

 

 だいたいの流れを説明すると、皆は納得したようなしてないような、微妙な表情で僕を見る。

 そしてカザネさんがポロリと言った。


「それで何でドレイクを貰えるのよ……」


 確かにそうなのだ。それを言われると何も言い返せない。

 僕以外にも優秀な操竜士は一杯いる。それなのに僕を選んだ。

 ローレンツ少佐の検査で、僕がギフト持ちだったのならまだ理解出来る。

 だが僕は、ギフト持ちでも何でもなかった。

 だから僕が選ばれた理由を説明しろと言われても、これっぽっちも出来ない。


「まあ、良いじゃねえか。俺らの中からドレイク乗りが出たんだ。祝ってやろうぜ」


 そう言ってくれたのはマッシュ君だ。

 無茶苦茶良い奴じゃん!


「それもそうね。おめでとう、トーリっ」


 笑顔を僕に向けるカザネさん。

 妖精の笑顔だ。

 その笑顔は反則だ。それを見たら全て許せてしまうよ。






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