第27話 ロック鳥
一触即発の雰囲気の中、カザネさんの取り巻き女子が、腰に下げた魔法のワンドに手を掛ける。
するとマッシュ君は、ため息をつきながら関節をほぐし始めた。
戦闘態勢かよ!
相手の男達も臨戦態勢だ。
しかし相手の男の一人が割って入る。
「待て、喧嘩しに来たわけじゃない。お前らも落ち着けっ」
そう言って男達をたしなめたのは、上等兵曹の階級を付けている下士官。
彼が仕切っているっぽい。
そこでカザネさん。
「だったら用はないわね。さっさとお帰りなさいよ。汚らわしい……」
だから一言多いから!
そこで帰るかと思ったら、その上等兵曹は何やら話を始めた。
「まあ話くらい聞いてくれ。最初はちゃんと規定数いた俺達の飛行隊もな、今じゃ半数になっちまったんだ。出撃する度に人数が減っていってな。補充兵は来ても減る方がそれを上回っちまう。それがよ、今回の出撃では一人も減らないどころか、翼竜も無傷で帰って来たんだ。それに攻撃も大成功だ。こんなことは今まで一度もなかったんだよ。これってどう考えてもよ、お前らのお陰なんだよ。だからこうして礼を言いに来ただけ……それだけだよ、邪魔したな」
それだけ言うと、上等兵曹は
他の男達もそれに従う。
するとカザネさん。
「あなた達の気持ちは受け取ったわ」
一瞬足を止める上等兵曹だったが、振り返ることもなく、ただ片手を軽く上げてそのまま歩き出した。
こうして攻撃隊の男達との因縁は、完全に幕を閉じた。
かと言って食堂で会っても特に仲良く会話する訳でもなく、遠くから女性陣をチラ見しているくらいだ。
それから一週間ほどしたある日、その隊が敵地攻撃から一騎も帰還していないという話を聞いた。
一緒に行った護衛騎部隊は一騎だけ帰還。
その帰還した護衛騎の話によると、敵の哨戒騎八騎に襲われて、殆んどが撃墜されたらしい。
食堂でその話を聞いた時は、さすがのカザネさんも黙り込み、何とも言えない顔をしていた。
ちょうどこの頃からだったと思う。未帰還騎が目立ち始める様になったのは。
日を追うごとに戦闘は激しさを増し、航空優勢といわれていたこの地域でも防御側になる場面も多く、基地での空襲警報の鐘が鳴る回数が増えていった。
それに出撃する度に、味方の未帰還騎が増えていく。
これは航空劣勢じゃなかろうか。
それに伴い、僕達の出撃する回数も増えていった。一日に三回ほどだった出撃が、五回六回と増していき、夜明け前に出撃するのことも多くなった。
ここ西部戦線でこんな状況なら、激戦地といわれる東部戦線はもっと酷いはず。
そんなある日のことだった。
それは日が沈もうとする夕刻のこと。
僕達翼竜乗りは基本的に暗くなったら飛べないため宿舎に戻って休むのだが、その日は空襲警報の鐘が鳴り響き基地の敷地内では大騒ぎになった。
ここへの空襲は時々あって珍しくはないのだが、この時間帯の空襲は初めてだった。なんせこの時間に空襲するということは、敵は暗闇の中を帰還することになるからだ。
だから早朝なら分かるが、この日暮れ時間の空襲は無いものと誰もが思い、完全に油断していた。
この時間帯ならば、飛行隊の殆んどのメンバーはいる。全員で舞い上がって行って、全騎叩き落としてやろうという勢いで翼竜格納庫へと走り出した。
そこで飛行隊メンバーは空を見て立ち止まる。
「何なのよ、あれは」
「大鷹? 大鷲?」
「それにしては、大き過ぎるわよね」
騒ぎ出す飛行隊員達。
そんな中、カザネさんがつぶやいた。
「あれって、まさかロック鳥……」
その言葉に皆が黙り込む。
ロック鳥とは、ゾウをも掴んで舞い上がると言われる巨大な鳥。
人里ではまず見ることは無い飛行魔獣。
だが空中にいると大きさを比較するものが無い為、本当にロック鳥なのかは確証がない。
敵の護衛騎も飛んでいるが、下から見るとその魔獣より低空なのか高空なのか判別がつかず、大きさの比較になりにくい。
そこで僕はカザネさんの言葉を打ち消した。
「きっと大鷹だよ……と、とにかく急いで迎え撃とう」
願望に近いが、その言葉で何とか皆は再び走り出す。でも大鷹でも十分脅威なんだけどね。
途中で小隊長達とも合流し、ビーナス飛行隊の全員で翼竜格納庫へと向かう。
その時、ビーナス隊長が一声発した。
「あのデカ鳥を落とした者には、ずんだら餅を奢るわよ!」
甘い物に目が無い女子から歓声があがり、男の僕達は「お、おう」とノリで返答した。
ちょうど僕達が格納庫に到着した頃、敵の
それは今までに無いほど、激しい攻撃だった。
そもそも敵の落とす
地上からは守備隊の火槍が幾本も撃ち上げられるが、当たる気配はない。
僕達は爆発の合間を縫って、それぞれの小隊の翼竜格納庫へと目指す。
僕達の翼竜格納庫にも
少し燃えて煙が出ているが、特に問題はなさそう。
繋がれた翼竜も無事だ。
それに整備兵が直ぐに飛び立てるようにと、準備までしてくれていた。爆撃で危険な中での作業、頭が下がる思いだ。
僕達マーク小隊の三人は、直ぐに翼竜に乗り込み滑走を始める。
それに気が付いた敵の戦闘騎が急降下して来た。
だが攻撃をされる前に僕達は空に舞い上がる。
他の小隊の翼竜乗りも、次々に空に舞い上がって行く。
しかし飛び立ったばかりの翼竜は飛行が安定せず、高上方をとられた僕達は非常に不利な状況。
どんなに腕の良い操竜士でも、まともに飛べていなければ狙い撃ちされる。
それに気が付いた時はもう遅かった。
八騎の編隊を組んで急降下して来たプテラノドン。
まるで待っていましたとばかりに火槍の一斉射撃。
斉射が終わると編隊を組んだまま上昇。
火槍だけが迫る。
僕は手綱を引いて避ける。
ワイバーンの翼を火槍が掠める。
当たってない!
僕は敵の行動を予想する。
また来るはず。
次の行動に移ろうとした時だ。
舞い上がったばかりのワイバーンが、地面に激突して行くのが見えた。
味方のワイバーンが撃墜された?
有り得ない。
エース部隊と呼ばれたビーナス飛行隊が撃墜?
身体をよじり周囲を確認。
三騎のワイバーンが地面に激突していた。
さらにもう一騎がフラフラと飛行している。
マッシュ君もマーク小隊長も無事、僕の小隊ではない。
誰の小隊だ?
フラフラのワイバーンに視線を移す。
その途端、躰が熱くなる。
僕は自然と叫んでいた。
「カザネさんっ!!」
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