第23話 エース部隊







 ホイ飛行隊長は転属理由を説明してくれた。


「まずだな、今回の転属先は新しく創設された飛行隊なんだ。その部隊は西方戦線の各部隊から、選り抜きの操竜士を集めた飛行隊だよ。いわばエース部隊とも言える飛行隊になるそうだ。部隊名はビーナズ飛行騎兵隊だよ」


 え、まさかビーナス大尉?

 

「もしかしてアナベル・ビーナス大尉が飛行隊長ですか?」


「なんだ、知り合いか? まあ彼女は有名だから知っているか。それがどうかしたのか」


 あれ?

 そうなると女性が隊長……


「まさか男女が同じ部隊へ配属ですか!」


「ああ、そうだ。良かったじゃないか」


「いや、女性操竜士の部隊に男の僕が入るってことですよね。それって何かと問題になるんじゃないでしょうかっ」


「確かに最初はそう言う意見も出たんだがな。戦況は切迫しているからな、護衛兵を着けることでこの案は通ってしまったんだよ。司令部はな、何とかして戦況を有利に持ち込みたいんだよ。まあ色々大変だと思うが頑張ってくれ。エース部隊に入れるなんて栄誉なことだしな」


 司令部も必死ってことか。

 確かにここ西部戦線は押されているけど、そこまで戦況は悪いとは知らなかった。


「……分かりました。それで移動はいつからですか」


 ホイ飛行隊長は笑いながら言った。


「何だ、実はワクワクしてんじゃないのか。ははは、移動は明日、早朝出発だ。急いで準備しておけ」


 何と明日とか、またも急な転属だ。

 僕は小走りで宿舎へと戻った。



 その夜、飛行隊の仲間が、ささやかな送別会を開いてくれた。

 皆から背中をバンバン叩かれた。

 中には男女一緒の部隊への嫉妬心から、グーで叩く奴もいたが。

 その夜、ホイ飛行隊最後だというのに、三度目の袋叩きにあった。


 翌日の早朝、皆がまだ寝ている間に別れを告げて、宿舎の天幕を出た。

 すると外がまだ暗い中、ケンキチ君が立っていた。


「あれ、ケンキチ君?」


「ええっと、これトーリ君に渡そうと思って……」


 そう言ってケンキチ君は魔石を僕に渡した。

 

「魔石?」


「そう、魔石。でもその魔石は通常よりも大きな魔力を出力出来るんだよ。是非トーリ君に使ってもらいたくてね」


「そんな貴重な魔石、僕に渡しても良いの?」


「僕ボッチだったから、トーリ君と同じ小隊になって嬉しかったんだよ。だからこれはそのお礼」


「そっか、それなら遠慮なく貰っておくよ。ありがとう」


「トーリ君がエース操竜士となるのを楽しみにしてるよ」

 

「ああ、期待に応えられるように頑張るよ。それとケンキチ君の初スコアを楽しみにしてるからね」


 そう言って二人して笑った。


 笑いながら、何だか胸が熱くなるのを感じる。

 色々あったけど、やっぱりケンキチ君は良い奴だ。


 こうして僕はケンキチ君に見送られて、迎えに来た馬車に乗った。

 暗い中、ケンキチ君はいつまでも手を振っていた。


 こうして僕はホイ飛行隊を去った。




 □ □ □




 馬車から降りた所は、西部戦線でも一番戦闘が激しい戦線に近い場所だった。

 そこに新しく創設されたビーナス部隊の宿舎がある。

 宿舎は指揮所の直ぐ近くにあり、緊急出動でも直ぐに飛び上がれる場所。

 もちろん天幕ではなく、ちゃんとした木造の建物だ。


 宿舎に入ろうとすると、入り口で止められる。

 宿舎の入口には護衛兵の詰め所があったのだ。


「兵曹殿、申し訳ありませんが配属証明書を見せてもらえますか」


 なんと護衛所に居たのは二人の女性兵士。

 それも二人共まだ若い女の子。


 中に入るには証明書が必要らしい。

 話を聞くと、この建物は男女共用の宿舎で、入り口は一緒だが中の部屋は別とのこと。そしてこの警護所には、常に二人の女性警護兵が詰めているという。

 てっきり憲兵かと思ったら、この部隊専属の護衛部隊らしい。つまり僕達の部隊の為に、わざわざ護衛部隊を創設してしまったということか。司令部は中々思い切ったことをするな。

 

 僕は配属証明書を見せて手続きを済ませると、代わりに入館証というのを貰い宿舎に入る。

 まさか自分の宿舎に入るのに、身分証明をすることになろうとは思わなかった。まあ顔を覚えてもらえば顔パスになるだろうと思う。


 男性部屋の中にはベッドと荷物箱が二人分だけ。

 小隊長は個室で別棟だから、この男性部屋には一個小隊分のベッドしかない。

 つまりビーナス飛行隊には男性は一個小隊分、三人しかいないってことか。

 あとの三個小隊九人が全て女性!

 護衛兵も女性!


 ありえん!


 操竜士の選り抜きが女性ばかりだったってことか。

 男性陣、頑張って欲しい。

 だけどこれから毎日緊張するだろうなあ。

 これはやりづらくなるな。


 部屋で荷物を整理していると、部屋に一人の男性が入って来た。

 

「マッシュ君じゃないか!」


 思わず声を上げてしまった。


「ああ、トーリか」


 あれ、テンション低いなあ。久しぶりに会ったのに。


「そう言えばマッシュ君って東部戦線じゃなかったっけ?」


「この間こっちに移動になった」


「へえ、てっきり東部戦線でのエース部隊に配属するのかと思ったよ。良かった、一緒で!」


 東部戦線でも同じようにエース部隊が作られていると聞いた。向こうでの飛行隊長は二十騎撃墜でスコアトップのロバート・ボング大尉だ。

 

 そんな話を二人きりの部屋で話していると誰かが部屋に入って来た。


「部屋の造りは変わらないみたいね。でもこっちは二人だから広く使えて羨ましいわよね」


 そんな会話をしながら男性部屋に堂々と入って来る女性が三人。


「あ、いた。トーリ、同じ部隊になれたね。あ、そっちはマッシュ君、久しぶりね」


 カザネさんだった。

 またしても新しい取り巻き女子を連れている。

 

「カザネさん? ここは男性部屋なんですけど……」


「もう、見知った仲じゃないの。固いこと言わないの」


 そうは言うけど僕が女性部屋に入ろうとしたら、即、取り押さえられるよね?


「でもさ、僕達同期が三人ともこの部隊に配属とか凄い事だよね。僕なんかまだ六騎しか撃墜してないのになあ」


 するとカザネさん。


「私は九騎で撃墜スコア止まってるの。あと一騎でエースの称号を貰えるのになあ。マッシュ君はエースの称号貰ってるんだよね。良いなあ~」


 するとマッシュ君。


「代わりに負傷したよ」


 そう言って左腕をまくって見せてくれた。

 傷跡が痛々しい。


 会話は弾むのだが、相変わらず取り巻き女子は紹介もしてくれないな。たまに相槌程度の言葉は発するけど、空気的な存在なんだろうか。


 そこでカザネさんが思い出したように言った。


「あ、いけない。忘れるとこだったわ。朝礼を食堂でやるから集まれって言われてたの」


「カザネさん、それは忘れちゃいけないでしょ!」


 僕達は慌てて食堂へ向かった。


 食堂には既に皆が集まっていた。

 全員がビーナス飛行隊の操竜士だ。

 女子護衛兵もいるな。

 

 まだ朝礼は始まっていないようだ。ギリギリ間に合ったみたい。

 何食わぬ顔をして列に並ぶ。


 そして程なくして朝礼が始まった。


 お偉いさん方も何人か招待されていて、朝礼というよりも式典の様だ。

 その中に見知った人物を見つけてしまった。


 ローレンツ少佐だ。








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