第21話 ギフト
「入るわね」
そう言って入って来たのは忘れもしない、アナベル・ビーナス大尉だった。
騎兵学校で模擬空戦をやった、あの時の教官だ。
もちろん男共の視線が彼女に集まり、男共の動きがピタリと止まった。固まったともいう。
カザネさんの時と同様に、男共の時間は止まったようだ。
女神が来たと言うから誰かと思えば、まさかビーナス大尉だったとは。
確かに女神と呼ばれてもおかしくはないが、女神様にしてはちょっと色っぽ過ぎる様な気がする。
ビーナス大尉は部屋の中を見回すや、僕と視線が合ったところで口を開いた。
「居たわね、トーリ兵曹。ちょっと話があるんだけど良いかしら」
男共の恨みがこもったような視線が僕に集中する。
久々に嫌な予感が頭を過ぎる。
「えっと、ビーナス大尉、お久しぶりです。お、お話ですか。別に構いませんけど」
するとビーナス大尉は男共を見回して言った。
「それなら……ここはちょっとまずそうね。外を歩きながらで良いかしら?」
どうやらビーナス大尉は空気を読める人物らしい。
「はい、構いません」
良し、この視線のこもった空間から逃れられる。
だが今度は僕に向ける、男共の表情が露骨に酷くなる。
どう見ても悪意に満ちた表情である。
今宵も袋叩き確定だな……
「トーリ兵曹、何してるの。外に行くわよ」
そんな視線の中、僕はスゴスゴと天幕を出た。
それと同時に男共の時間は動き出した。
天幕の出入り口に群がる男共。
そして僕達の後ろ姿を見つめる男共に送られて、僕とビーナス大尉は月明かりの牧草地帯を歩くのだった。
「話というのはね、あなたにあって欲しい人がいるのよ」
唐突に話を切り出せれたのだが、まさか「だが断る」とは言えない。上下関係から言っても正解は「分かりました」の返答しかない。
それしか答えはないのだが、やはり気になって聞いてしまった。
「あの~、その方はどういった人なんでしょうか」
「私の親戚筋にあたる人なんだけど、チャールズ・ローレンツという男性士官よ」
あれ?
それってローレンツ少佐のことじゃないかな。
「もしかして情報局のローレンツ少佐のことでしょうか」
ビーナス大尉は驚いた顔で僕を見る。
「どうして知っているのよっ」
「そ、それは……」
「あ、もしかしてあのおっさん、フライングしたな」
ビーナス大尉がいつもとは違う表情を見せた。
こんな表情も出来る人なんだと、何故か感心してしまった。
ビーナス大尉は直ぐにいつものキリリとした表情に戻すと、さらに話を進める。
「会ったなら別にそれでも良いわ。それでそのローレンツおじさーー少佐がね、正式にあなたと面談をしたいと言うのよ」
そこでローレンツ少佐と会ったときの事を思い出す。
「それって、僕の“能力”に関しての件でしょうか」
我慢出来ずについ、聞いてしまった。
「そうよ。話が早くて助かるわ」
そこで僕は突っ込んで聞いてみた。
「その僕の“能力”ってのは、普通の人とは違うのですか」
するとビーナス大尉は、少し困った顔で返答する。
「う〜ん、その辺はローレンツ少佐に聞いてもらって欲しいかな。私からは何とも言えないのよね」
こうして僕は、ローレンツ少佐と会う約束をさせられてしまった。
ビーナス大尉と別れ宿舎の天幕に戻ると、一瞬のうちに男共に取り囲まれた。
「トーリ、どういう関係なんだよ?」
「何で女神と知り合いなんだよ?」
「スリーサイズ教えろ!」
カザネさんの時と同じ状況になってる。
その夜、僕は袋叩きになった。
□ □ □
そしてローレンツ少佐に会う日がやってきた。
場所は飛行基地の指揮所である。
元牧場主の家が建っている所。
僕がその家に到着すると、見慣れない馬車が数台止まっていて、いくつかの天幕も張ってある。
そこで見慣れない格好の兵士が、いくつかの荷物の積み下ろしをしていた。
兵士が付けている記章を見ると、前にローレンツ少佐が付けていた情報局のものだった。
ここにいる兵士全員が情報局の者、つまりローレンツ少佐の部下ということになる。
何か嫌な予感がしてくる。
僕一人に会うために、どうしてこれだけの人数を連れて来るのだろうか。
僕が恐る恐る近付くと、一人の士官が僕に気が付き声を掛けてきた。
「もしかして、君がトーリ兵曹かな」
それは中尉の階級を付けた、若い士官だった。
「はい、僕がトーリでありますっ」
すると付近で作業していた兵士達が、一斉に僕を見る。
それはまるで珍しい者でも見るような視線。
そこで中尉に案内されて、とある天幕の中へ入る様に言われた。
僕は声を掛けてから中へと入る。
「トーリ兵曹、入ります!」
すると天幕の中にはローレンツ少佐がいた。
テーブルに書類を広げて、何かを調べている。
僕が入っても気が付かないので、もう一度声を掛けた。
「失礼します。トーリ兵曹、ただいま出頭しました!」
そこでやっと僕の存在に気が付く。
「おお、トーリ君。わざわざ時間を作ってもらってすまないね。ま、イスに座ってくれ」
促されるまま、僕はイスに座る。
ローレンツ少佐も反対側のイスに座り、書類をひとまとめにしてテーブルの端に置いた。
そして少佐は再び話し出す。
「改めて自己紹介をしようか。情報局のローレンツだ。で、なにをしているかと思うだろう。私は“ギフト”持ちを探して、研究するのも仕事なんだよ」
聞き慣れない言葉が出てきた。
「あの、“ギフト”持ちってなんですか」
「ああ、そうだったな。う〜ん、そうだな。例えば弓を射るのが上手い兵士がいるだろ。それは通常なら練習の成果とか、素質があったとかという話になる。だけど“ギフト”持ちはそれとちょっと違う。生まれた時から持っていた能力なんだよ。練習とかしなくても、初めから備わっていた能力。特にその能力は通常では得られないような能力。それが“ギフト”だよ。神から授かった能力なんだよ」
何か圧倒されそうだ。
「完全ではないですが、何となく理解しました。でもその“ギフト”を僕が持っていると言うのですか?」
ローレンツ少佐は笑みを浮かべながら言った。
「そうだ。君はギフト持ちだよ」
「それでは僕のギフトとは何だと言うのですか」
僕の質問にローレンツ少佐は「まだ断定は出来ないがーー」と前置きした上で話し出した。
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