第20話 ケンキチ君の能力







 敵はどこにも見えなくなった。

 帰ったようだ。


 僕はケンキチ君に近付いていって、その頭に手刀を落とした。チョップとも言う。


「痛っ。何するんだよ〜」


 ケンキチ君が魔法を撃たなければ、僕達はバレなかったんだけど。

 このアホはそれを理解していないのか?

 今なら騎兵学校でケンキチ君が、ゴーグルを隠された理由が分かる気がする。


 でもケンキチ君って、自分の能力を知らないのかな。

 能力と言っても、魔法が人より遠くに飛ばせるってだけだ。

 歩兵だと役立つと思うけど、空ではあまり役に立たない。


「ねえ、ケンキチ君ってさあ、もしかして普通よりも魔法を遠くまで跳ばせたりする?」


 僕の質問にケンキチ君は、少し照れ臭そうに返答した。


「そうなんだよ。僕の魔法は調子良ければ七十メトルくらいまで届くんだよ。でもね、そのていどの距離だと空戦じゃ役に立たないんだよね」


 通常の空戦での火槍の射撃距離は、百メトルから三百メトルが多いと言われている。

 つまり火槍の空戦距離には射程が足りてない。

 そもそもケンキチ君は敵騎の背後、つまり射撃位置までもっていけないから、射程以前の問題があるんだけどな。

 操竜士同士の魔法の撃ち合いなら有利だが、そんな都合の良い状況になる機会は少ない。

 そう考えると確かに役に立たない能力だよね。

 ケンキチ君らしいとも言えるか。


 飛行騎兵隊じゃなくて、地上部隊に入れば良かったのにと思う。

 射程が長い魔法兵として活躍出来たはずだ。

 それを言うとケンキチ君に「僕が成りたかったのは翼竜乗りだからね」と返された。

 

 そうか、僕と同じ思いだったんだ……

 ちょっと嬉しくなった。


 そんな話をしながら宿舎に戻る。

 すると宿舎の火は消えていたが、屋根には大穴が空いたままだった。

 部屋の中を見ると、破片やほこりで酷いことになっている。

 これは使い物にはならない。ここで寝泊りは無理。


 それは今日から天幕での野営暮らしを意味する。


 そこで指揮所へ行ったウーゴ小隊長が気になり始める。

 指揮所は敵が真っ先に狙う場所だからだ。

 恐らくここより被害は大きいはず。


「ケンキチ君、小隊長がちょっと心配なんで指揮所へ付き合ってくれないかな。基地の状況も知りたいしね」


 そう僕が提案するとケンキチ君は喜んで同意してくれた。


 そして僕達は指揮所へと向かった。


 途中、爆破された倉庫などを見ていると、あらぬ心配が湧き出してくる。

 ケンキチ君は僕に、その心配をいちいちぶつけてくるから困る。


「ねえ、ねえ、トーリ君。指揮所が燃えてたらどうしよう」


「うん、どうしようかな」


「トーリ君、トーリ君。ゴブリン軍の地上部隊が攻めて来たらどうしよう」


「うん、どうしようかな」


「ねぇ、ねぇ、トーリ君。聞いてる?」


「うん、どうしようかな」


「聞いてないじゃん!」


 そんな会話をしていたら、指揮所の方向の空に煙が昇るのが見えてきた。


 どうやら火が出ているらしい。


 僕達は自然と走り出した。


 指揮所が見える所まで来ると、そこは大変な事になっていた。

 爆樽ばくたるでも直撃したのか。指揮所は半壊状態で炎が舞い上がり、それを必死に消そうとする大勢の兵士達。

 砂や土を掛けて消そうとしているが、そんなもので消える様な炎の大きさではない。

 消火用の水が足りてない様だ。

 だが水魔法を使える者はいないみたい。

 

 そこで僕は走りながら言った。


「ケンキチ君は水魔法を使えるよね。消火するよ!」


 僕もケンキチ君も水魔法が使える。騎兵学校の授業のおかげだ。


「うん、分かった!」


 僕とケンキチ君の水魔法が消火活動に加わると、一気に炎は鎮火していった。

 

 火が消えると、周囲から僕達へ盛大な拍手が送られた。


「何だ、お前ら水魔法が使えたのか。助かったよ」


 そう言って僕達の背中をバンバン叩いてきたのは、ウーゴ小隊長だった。


「小隊長、無事だったんですね!」


 そう僕が声を上げると、ウーゴ小隊長は笑いながら返す。


「ははは、俺が死ぬ時は空の上に決まってるだろ」


 翼竜乗りらしい返答だった。

 だけどこれは、撃墜スコアが高い人が言う台詞セリフじゃなかろうか。

 

 ウーゴ小隊長の話によると、お偉いさん達は敵地上軍が侵攻して来た場合を考えて、後方に指揮所を移す為に移動したらしい。

 言い訳にしか聞こえないが、怖くて逃げた訳では無いと言うことにしよう。

 

 しかしこの状況、もしかしてまた飛行基地を引っ越しするのか。





 翌日になると空に何騎かの哨戒騎を飛ばし、地上では引っ越しの準備が始まった。

 大きな荷物は早くも移動が始まっている。

 だけどこの間に飛行基地を移動したばっかりで、良く新しい場所が見つかったなと思う。


 僕達のウーゴ小隊は現在、空で哨戒飛行中だ。


 移動先を見ていると、どうやら意外と近い場所にあるらしい。

 ウーゴ小隊長が哨戒飛行しながら、移動先の飛行基地へと飛んで行く。そこに見えたのは牧草地帯。

 大きな牧場を借りるようだ。

 言い方変えると接収だね。

 

 しかし建物の殆んどは家畜用の納屋だったり倉庫だったりと、宿舎で使えるような建物は少ない。つまりそれは、僕達が天幕で暮らすということを意味する。

 最悪だ。

 夜はまだ肌寒さを感じる季節。隙間風がピュウピュウ通る天幕で寝るのはちょっとキツい。

 

 翌日になると引っ越しも本格的になり始めた。

 次々に馬車や獣車で荷物が運ばれて行く。


 操竜士である僕達も移動が始まった。


 僕達の宿舎は予想通りで、大きな天幕がひとつだけ。

 そこに八人が地面に毛布を敷いて直接寝る。ベッドはなしだった。

 しかも土地が丘陵地帯で平らでは無いため、斜めになった地面で寝ることになる。これでも平らな場所を探したんだけど、結局はここになった。

 近くには森などは無く、敵に直ぐに発見されるというデメリットがあるのだが、その代わりに人間の領地にかなり入った所なので、敵はそう簡単に部隊を進めて来れないはずだ。


 それとホイ飛行隊のメンバーは口々に、この地は非常に素晴らしいと言う。

 その理由は遮る木や建物が無いため、丘の上に出ると周囲が見渡せる。そこからは女性部隊の天幕を見ることが出来る。

 

 男共の楽しみは、そんな些細な事なのだ。

 



 そんなある夜。


 女性宿舎の天幕を遠くから眺めていた隊員が、血相を変えて戻って来た。


「大変だっ、女神が来る!」

 

 そんな言葉を叫んだのだった。

 妖精と呼ぶならカザネさんと分かるのだが、彼は女神と言った。

 女神など僕は知らない。

 いったい誰が来るというのだろうか。


 しばらくすると、その女神と呼ばれた女性は、天幕入口の布地をバッと跳ね除けて言った。


「入るわね」


 






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