第9話 撃墜スコア
普段あまり来ない指揮所。
この飛行基地を利用する誰もが、ここに報告に来る場所でもある。
僕はこの地区に配属となった同期卒業の知り合いが、もしかしたら報告に来ていないかと見回すが、それらしい人物はいなかった。
殘念……
報告は先輩でもあるキサン上等兵曹がやってくれた。
通常は責任者が一人で報告に来る所だが、今回は勉強のためにと連れて来てくれた。
当然ながら報告の内容に、僕が敵操竜士を落とした事も含まれる。
するとその場で撃墜と認められ、指揮所内の掲示板に『トーリ兵曹』と名前が書き足され、『一騎』と記された。
キサン上等兵曹が小声で「今日の撃墜スコアだよ」と、教えてくれた。
指揮所を出るとさらに「総合撃墜スコアも見ていくか」と言われて、そちらも見に行った。
そこには我が国の個人撃墜スコアが、スコア順に張り出されている。
ただし報告から記入までに、数日のずれがあったりする。
それと人数が思った以上に多い。
スコアトップは十五騎撃墜のロバート・ボング大尉という男性で、竜騎士でもある。
彼は歴代の撃墜スコア中でもトップであり、天空の騎士と呼ばれていた。
彼のスコアに撃墜の内訳も記載されているが、その中にはドレイクがいる。
ドレイクとは四つ脚でドラゴンに近い外見をしているが、ブレスを吐かない種類の翼竜である。
もちろんワイバーンに比べても魔素の量が多く、かなり強力な魔獣である。
ドレイクを撃墜というのは翼竜乗りの中でも、数人しかいないほどの偉業であった。それだけ優秀な操竜士が騎乗する翼竜であり、また強力な魔獣だからだ。
ちなみにドラゴンに関しては、今だに撃墜したこともされたこともない。それだけドラゴンは強い魔獣であり、それに騎乗する操竜士もトップレベルの技能の持ち主というわけだ。
だが、現在ドラゴンに騎乗出来る操竜士は一人もいない。
ドラゴンの知能もプライドも非常に高く、他の生き物を騎乗させることを良しとしない個体が殆んどだからだ。
しかし過去に人間社会に一人だけドラゴン乗りがいた。
リディアという女性の操竜士だ。
白色のドラゴンに騎乗していたという。
そのドラゴンは氷系のブレスを吐くことから、彼女は氷結姫と呼ばれて恐れられていた。
その当時の紛争にて撃墜スコアはトップとなったが、そこで停戦となり最終スコアは十二騎となる。
その後、彼女はナイトの爵位を与えられ晴れて竜騎士となり、リディア・ブアノアと名乗り騎兵学校にて教官を務めたが、その二年後に病気で亡くなった。
いつか僕もそんなトップエースに肩を並べたいなどと、
同期のマッシュ君だ。
そう言えば、実技はいつもトップクラスだった。
彼なれそれくらいやれる男だ。
さらに同じ二騎撃墜の所に、カザネさんの名前もあった。
まだ配属して一か月半くらいなのに、二人して凄いな。
僕が感心しながらボードを眺めていると、横にいたキサン上兵曹が話し掛けてきた。
「何だ、知り合いでも見つけたか?」
「はい、同期が二騎撃墜の所に乗ってます」
「ほう、新兵が一ヶ月ちょいでその成績は快挙だな。十騎撃墜するとエースの称号が貰えるぞ」
「へえ……」
エースかあ。
憧れるけど十騎撃墜は遠い道のりだよなあ。
マッシュ君とカザネさんならなれるだろうなあ。
同期の活躍が何だか誇らしい。
スコアボードを眺めていると、一騎の撃墜は結構名前が多いが、二騎を超えてくると急に名前が少なくなってくるのに気が付く。
そこへキサン上等兵曹が再び話し掛けてきた。
「ただなトーリ兵曹、良く覚えておけ。生きている限りは撃墜スコアは伸ばせる。だがな、死んだらスコアは止まる。それを決して忘れるな。死んだら全て終わりってことだ」
“死んだら終わり”という言葉が、僕の胸に重く突き刺ささる。
撃墜スコアが二騎辺りから少ないってことは、そこで死んでしまった人が多いってことでもあるのか。
しかしその時の僕は『死』への恐怖よりも、早く撃墜スコア上位に名前が載りたい。そういう気持ちの方が強かった。
それから三日ほどたった朝、僕個人に司令部から命令がきた。
その内容は『飛行隊に転属せよ』というものだった。
飛行隊、正式に言えば飛行騎兵隊。戦闘騎部隊である。
ここへ来て、やっと念願の操竜士になれる。
もちろん単座だ。
僕は大喜びで荷物をまとめる。
そして、その日の内に配属先へと移動した。
僕の新しい配属先はゴブリンとの最前線で、支配地域が頻繁に変わる場所だった。
オークが参戦してからは部隊の配置換えがあり、どうしても操竜士の数が足りない状態が続き、地上でも空でもゴブリン相手に苦戦しているという。
そんな最前線地域の戦闘部隊への転属だった。
新しく配属となったのは『ホイ飛行騎兵隊』という中隊規模の飛行隊で、最前線で敵の翼竜乗りと日々戦う戦闘部隊。
僕の配属先には、なんと、同期のケンキチ君がいた。
訓練生時代にゴーグルを盗まれたりしていた、あの
顔を合わせて二人して喜びあった。
卒業してそんなに経ってないのに、何だか同期が懐かしく感じてしまう。
「ケンキチ君だよね。卒業以来だね。同期のトーリだよ。覚えてるよね」
「やだなあ、覚えているよ。でも何でまた、こんな早くに転属になったの」
「それがさーーーー」
僕は簡単に説明した。
一騎撃墜したら転属という話を、撃墜の部分を盛りに盛って、長々と話してやった。
「凄いじゃないか。僕なんか後ろに回り込むより、回り込ませないようにするので必死だよ。だからまだ一回も火槍を撃ったことさえないんだよ。それにいざ戦闘になるとね、どうも身体がすくんじゃってね……」
ケンキチ君も彼なりに苦労してるんだな。
でも同じ部隊に同期がいると、何だか心強い。
だがケンキチ君とは同じ部隊なんだけど、小隊が違うので一緒の出撃は少なさそうだ。
ちょっとだけでも、ケンキチ君の空戦を見てみたかったんだけどな。そのうちそういう機会もあるでしょう。
僕の新しい部隊の翼竜は岩山に棲む種類のロック・ワイバーンで、牙に毒があるのが特徴だった。
噛まれると血が止まらなくなるそうだ。
牙の毒は翼竜同士の格闘戦になったら有利だというが、そんなもの過去にも殆んど無い。
竜同士の格闘に、操縦士の身体が耐えられないからだ。
だから毒なんて無いよりマシ、程度か。
僕に割り当てられたワイバーンは老齢な上に気性が激しく言う事を聞いてくれず、乗り手が次々に断念していった個体らしい。
名前はハルバート。
とんでもない翼竜を割り当てられたなと思ったが、
早速、整備兵達から説明を受けた。
「安全ベルトは絶対に忘れない事です。ベテラン操竜士の中にはベルトをしない者もいますが、こいつは気性が荒いから、空で突然騎乗者を振り落としたりします。それから他の個体のように細かい動きは命令しない方が良いですね。怒り出します。それから――」
あまりに注意事項が多すぎて驚いた。
想像以上の問題児である。
そして翌日、僕はこのワイバーンでの初飛行をする。
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