第4話 模擬空戦







 模擬空戦。それは武器無しで、相手の後方を取り合う空戦の訓練。

 実戦だと相手の後方に付いた時点で、翼竜に取り付けた砲筒から火槍を発射するか攻撃魔法を放つのだが、訓練ではそれが出来ないので、単に後方の取り合いをするだけの練習となる。

 

 別に模擬空戦は普通にある訓練なんだけど、訓練生である僕はまだその段階に入っていない。

 なんとか一人で空をクルクル飛び回る程度の技術を教わったに過ぎない。

 それが急に模擬空戦と言われても無理があるだろう。

 しかもそれが再試験って、おかしくないか?


 とは言っても、僕と試験官のビーナス隊長は、既に大空に舞い上がっている。

 ノーと言わせない圧力だったからだ。


 相手は実戦部隊の飛行隊長だよ。勝てる訳ないだろ!

 

 ビーナス隊長は一旦、僕と距離をとった。


 そして離れた所で真正面に向き合う。


 そのタイミングで、地上から鏑矢かぶらやが打ち上げられた。音が出る矢のことだ。


 それを合図に僕とビーナス隊長の模擬空戦が始まった。


 ビーナス隊長が一気に速度を上げて、真正面から突っ込んで来る。


 僕はやや下方に降下しながら速度を上げる。


 ビーナス隊長のワイバーンが、物凄い勢いで頭上を通過する。


 すると風圧でワイバーンが揺さぶられる。


 授業では習わない体感。


 僕は左旋回。


 ビーナス隊長の方を見ると、既に左旋回をしている最中だった。


 残念ながらビーナス隊長の方が空戦慣れしていて、一歩先を行く。


 しかし機動は遅れたが、こっちのワイバーンの方が魔素の量が多いはず。

 それならば、遅れた旋回も取り戻せるはず。

 

 ビーナス隊長と僕は、空中をクルクルと回り、お互いの後ろに付こうと旋回を始めた。


 だが、こっちの方が魔素が多いのにも関わらず、全く追い付いていけない。

 それどころか、気が付けば後方に迫って来ていた。


 これ以上接近されれば後ろを取られた事となり、僕の負けが決定する。

 何も出来ずに負けになるなんて嫌だ。


 僕は……僕はこんなんで終わらない!


 その時、騎乗しているワイバーンの名前が、唐突に頭に思い浮かんだ。


「ダガー、振り払うよ!」


 思わず声を上げた。

 ワイバーンの名前はダガー。


 ワイバーンが雄叫びを上げるや、急に降下を始め速度を上げていく。


 ビーナス隊長も後に続く。


 しかしこちらの方がわずかに速い。


 徐々に距離が開く。


「ダガー、行くよっ」


 今度はワイバーンが急上昇。


 急上昇で僅かな目眩めまいがする。


 頭を振って頭をハッキリさせる。


 後ろを確認すると、ビーナス隊長はしつこくまだ付いて来る。


 ならば……


 上昇体勢から背面飛行。


 そのまま縦旋回。


 後方を見ると、ビーナス隊長は諦めない。


 付いて来ようというのか!


 だがビーナス隊長の表情が歪む。


 ビーナス隊長のワイバーンは縦旋回を拒否したのだ。


 僕のワイバーンの後方の位置から遠ざかって行く。


 良し!


 僕は一回転したところで、今度はビーナス隊長を追跡する。


 しかしビーナス隊長は、まるで全て終わったかのように、地上へと向かっていた。


 どういうことだろうか。

 そこで僕はあのことを思い出してハッとした。


 しまった、背面飛行は禁止事項だった……


 僕は落胆したまま地上へと降りた。


 ワイバーンから降りると、ビーナス隊長が僕に近付いて来て言った。


「さっきのあの機動は何なの。常識を超えてるわよ。誰に教わったの」


 どう説明したら良いのか。


「ええっと。誰かに教えてもらったとかじゃなくてですね。自然に出来たっていうか」


「持って。そもそもワイバーンが背面飛行を嫌がるはずよね。それをどうやって操ったのよ」


 ワイバーンだけじゃなく、他の騎乗生物も背面飛行はさせてくれない。それが一般常識として授業で習う。


「それは……説明が難しいんですけど、最初にワイバーンの名前が分かるようになるんです」


 それを聞いたビーナス隊長が僕をにらむ。


「そういえばあなた、グリフォンの時の報告書にもあったけど、どうやって訓練生が知らないはずのワイバーンの名前を知ったの」


「信じてもらえるか分からないですけど、頭の中に浮かぶんです、ワイバーンの名前が」

 

 驚いた様子のビーナス隊長が、僕の言葉を繰り返す。


「頭の中に名前が浮ぶ?」


「はい、その瞬間からワイバーンとの意思疎通が出来る様になるんです。それでその時に必要な飛行機動が思い浮ぶんです」


 ビーナス隊長が怪しい奴を見る目で僕を見ている。


「ビーナス隊長?」


 僕が声を掛けると、ハッとして動き出すビーナス隊長。


「まあ良いわ。それからその事は誰にも言わないようにね。言うと隔離病棟に入れられるわよ」


 マジか!


「はい、分かりました。それで、僕の試験結果はどうなんでしょうか?」


「その件に関しては、学長とも相談してからね」


 またか。




 その日の昼時、合格者が掲示板に張り出された。

 その中にはしっかり僕の名前もあり、ホッとした。

 それに加えて、新たな連絡文が掲示板に張り出された。


 新たなクラス分けだ。


 合格者の全員が、新たなクラスへと変更。

 正式に『操竜士』クラスとなった。

 クラスの人数は全部で十八人。何と男女一緒のクラスだ。

 男十人、女八人の訓練生が、正規の翼竜乗り目指さして、一緒に勉学に励むことになる。


 翌日、早起きして割り当てられた教室へと行くと、既に皆が集まっていた。

 その中には男性陣で実技トップクラスのマッシュがいる。

 そして銀色の髪のあの女性もいた。


 男どもは男女同じクラスとあって、誰もが浮足立っている。

 特に銀髪の女子に視線が集中しているのは、敢えて言うまでもないか。


 銀髪のは同性からも人気があるらしく、クラスの女子に囲まれていて男が近付く隙もなく、男子訓練生がヤキモキしていた。


 そんな中、僕は銀髪のと目があった。 

 慌てて目を逸らすが、何故かこっちに向かって歩いて来る。

 直ぐに道を空けようとするが、銀髪のは何故か僕の前に立った。


 すると僕達の周囲にいた人達がスッと離れて行く。

 そうなると銀髪のと僕は真正面から対峙することになる。

 

 僕は落ち着いて現状を把握しようと努力する。

 僕と銀髪のの周囲には丸く空間が出来て、明らかに何かが起こる雰囲気だ。


 この雰囲気はきっとあれだ。

 知らない間に僕が何かやらかしたんだろう。

 謝るしかない!


 僕が謝罪態勢に入った時だった。









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