第3話 ビーナス飛行隊長







 僕はワイバーンに乗って元の試験場所に戻った。


 僕が戻る頃には緊急出動したワイバーンが二騎ほど、大空に舞い上がっているのを目にするが、今更遅いと言ってやりたい。


 元の試験場所に着地すると、退避していた訓練生や試験官がゾロゾロと集まって来る。

 そこで改めて試験の最中だったのを思い出した。


「あの〜、試験官殿。僕の試験ってどうなるんですかね」

 

 恐る恐る聞いてみたのだが、僕の後席にいた試験官はワイバーンから降りると、複雑な表情で答えた。


「そうだな、これは学長と相談してみないと分からないが、最終的には学長の判断になると思う」


 は?

 なんでそうなる?

 背面飛行のせいだろうか。


 その後、試験は続行したのだが、僕のやり直しはない。


 試験が終わると僕の周りには、試験中で詳しく話を聞けなかった訓練生が、ドッと押し寄せた。

 グリフォンの話を聞きたいのかと思ったら、女子訓練生の中に着地した話を聞きたいらしく、そこが一番盛り上がった。

 しかし僕は試験の結果がどうなるか心配で、そんな話をする精神状態では無かったんだけど。


 試験結果は明日、掲示板に合格者が張り出される。

 不合格となったら、翼竜乗り以外の進路選択を迫られることになる。

 考えたくもない。


 そして次の日の朝一番で、僕は学長に呼び出された。




 □ □ □




 初めて来た職員棟。

 学長室はもちろん初めて。

 寝起きでまだ頭がスッキリしない中、僕は扉の前に立ち大きく深呼吸。

 扉をノックした。


 すると部屋の中から図太い声が返ってきた。


「入れ」


「トーリ訓練生です。入ります」


 ビビりながらも、僕は部屋の中へと入って行く。


 部屋の中には大きなデスクに立派なイス。

 そのイスには、ヒゲを生やした中年おっさんが座っている。

 あの図太い声の主は、間違いなくこのおっさんだろう。

 そして僕の視線は、壁際に立つ一人の女性に釘付けになる。

 

 大人の女性だ。

 少なくとも僕よりも年上だけど、何か色っぽいというかなまめかしいというか、そんな雰囲気をかもし出している。

 その女性、教官服ではなく飛行服を着ていた。


 僕がジッと見つめたままだったからか、その女性は首をかしげながら話し掛けてきた。


「あら、私の顔に何か付いているかしら?」


 その甘ったるい声が、僕を奈落へと引きずり込もうとしているようだ。


「ビーナス、訓練生をからかうな」


 図太い声が僕を現実へと引き戻す。


 するとビーナスと呼ばれた女性は、僕を見ながら返答した。


「からかうだなんて、そんなつもりは……ないわよ?」


 背筋がゾクッとした。


 そこでヒゲおっさんが、僕に視線を合わせて話し始める。


「私は学長のアルバン・ベルツ。こいつはビーナス飛行騎兵隊の飛行隊長のアナベル・ビーナス大尉だ」


 凄い、このお姉さん、飛行隊長なんだ!

 その前にヒゲおっさんは学長なんだな。


 そして再び学長が話を続ける。


「トーリ訓練生、試験官やビーナスとの話し合いの結果でな、再試験となった」


 良かった!

 少なくてもまだ不合格ではない。


 だが学長の話は終わっていなかった。


「君はワイバーンの名前をどこで知ったのだ。君ら訓練生があの個体の名前を知っているはずはないのだがな」


 そんな質問をされてしまう。


 思い返すと、自分でも何でだろうと思う。


「えっと、その件につきましては僕も不思議なんです。自然と分かったというか、何というか」


 説明出来ないよ。


「そうか。ならば君はそのワイバーンと会話をしていたと報告が上がっている。それは説明出来るか」


 ああ、そういえば僕、ワイバーンのカトラスと会話というか、意思の疎通が出来てたよな。

 何でだろう?


「あの、すいません。その件に関しても何故だか説明が出来ません。気が付いたらワイバーンの考えが伝わってきたというか。そんな感じです」


 そこで学長が何か言いたげに、ビーナス隊長に視線を移す。

 するとビーナス隊長。


「そうね、分かったわ。最後にひとつ質問ね。あなた背面飛行したそうじゃないの。それってもしかして過去に、翼竜に騎乗したことがあるってことなのかしら」


「いえ、ありませんけど?」


「そうよね、あるわけないわよね……」


 何だこの質問?


 ため息のあと、ビーナス隊長は言った。


「さあ、今から再試験をするから外に出なさい」


 僕は指定された第四訓練場へと向かった。


 第四は殆ど使われていない訓練場で、校舎からはかなり離れた場所にある。

 第三訓練場と同様に馬車を使うほどの距離だ。


 試験の準備が終わる頃には、近くにワイバーンが二匹待機している。

 それもまだ若い小型の個体だ。

 一匹は試験用だろうけど、もう一匹は護衛かな。

 なんて思っていたら、そうではなかった。

 

 試験官はビーナス隊長で、二匹の内一匹にビーナス隊長が騎乗し、もう一匹に僕が騎乗しろと言う。

 僕に試験官無しで一人で乗れという。

 よく見ればワイバーンの騎乗具は一人用だし。


 僕は大袈裟な動作で騎乗具の点検をしていると、隣のビーナス隊長は、殆ど点検などせずにワイバーンにまたがってしまった。


 「え〜!」と叫びたくなった。

 僕達訓練生は点検しないと不合格なんだけど~


 準備が終わり僕が騎乗すると、ビーナス隊長が言った。


「準備は良いわよね?」


「はい、準備完了いつでも飛べます」


「それなら、今から模擬空戦をするけど、無理はしないで、出来る範囲で操作すること。良いわね?」


 模擬空戦?


「あの〜、模擬空戦ってまだ授業で習ってないんですけど」


「そう、なら今から覚えるのね。それからあなたの乗るワイバーンの方が魔素の量が大きいわよ。まあ、それくらいのハンディは上げるから。さあ、行くわよ」


 そう言ってビーナス隊長はワイバーンを空へと羽ばたかせた。


 翼竜の様な大きな体格の魔獣は、本来なら体重が重すぎて空なんて飛べないのだが、実際はどんなに重い体重でも空を飛んでいる。

 それを可能にするのは魔素である。

 簡単に言ってしまえば魔力の力で空を飛んでいる。

 だから魔素が多ければ魔力に変換出来る量も多く、それだけ重い体重を長い時間支えられるし速度も出る。

 つまり同じ種類の翼竜で比べるのなら、魔素の量が多い方が翼竜としての強さが上となる。学校ではそれが一般的な考え方だと教わっている。


 そんな事を思い出しながら、僕はワイバーンと共に大空へと舞い上がった。









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