第2話 禁止飛行
僕の言葉が聞こえたのか、後部席の試験官が尋ねてきた。
「トーリ訓練生、どうかしたか?」
「あ、あれ。二時方向を見て下さい」
試験官が目を細めて、僕の言った方向を見る。
グリフォンが向かって来る。
すると試験官の顔が徐々に真っ青になっていく。
そして突然声を荒げた。
「緊急降下しろっ、いや待て、降下は中止。第三訓練場に訓練生がいる。そっちが先だ!」
第三訓練場は校舎から最も遠く離れていて、緊急退避所が無い場所にある。
だから一番近い待避所までは、走ってもかなり時間が掛かる。
早い話、グリフォン接近に気が付かなければ、退避が間に合わなくなる。
グリフォンの様な強力な魔獣に、訓練生ごときが対抗できるわけが無いし。
後部席から試験官が興奮した様子で言ってきた。
「トーリ訓練生、第三練習場に向かえ。グリフォン接近を知らせる。試験中の男子訓練生は待避所が近い。後回しだ。急げ!」
でも急げと言われても、僕はやっと騎乗飛行が出来る様になったばかりの訓練生。
無茶振りにも程がある。
飛行中は後部席の試験官との位置を変えられず、ワイバーンの手綱は僕が握るしかない。
不安は大きいが、アドバイスは後席からいつでももらえる。今はやるしかない。
僕は必死にワイバーンを第三訓練場へと向かわせた。
地上にいる試験官達や男子訓練生が、僕達の動きに驚いている様子が見える。
この動きで何が起こっているか察して、避難してくれる事を願う。
その頃、第三訓練場では女子訓練生が火槍術の稽古をしていた。
火槍術とは砲筒と呼ばれる武器を使う授業であり、魔法が付与された特殊な槍を飛ばすもので、再装填には時間が掛かり発射速度は非常に遅いが威力はかなり高い。
小型のものから大型の砲筒まであり、砲筒は翼竜に積み込んで他の飛行生物を攻撃して撃墜したりもするし、地上から空中へと対空射撃もする。
飛翔兵器てあるが故、校舎から離れた場所での訓練となる。
それで第三訓練場が使われていると言う訳だ。
第三訓練場上空へと到着し、低空で上空を旋回しながら、地上の人達にグリフォンの方角を指差した。
初めは何を言ってやがる的な反応だったが、地上の教官の一人が直ぐに何が言いたいか気が付いた様子だった。
しかし高く伸びた木々が生い茂っていて、地上からグリフォンを視認するのは難しい。
空にいる僕達だから見えるのだ。
ただ、後部席の教官が必死に手信号で、地上の教官へと何かを知らせている。
それで地上の教官達は何かを始める。
火槍の準備か……
グリフォンに向かって、地上から火槍で迎撃しようとしていた。
だが空を飛び回る魔獣を撃ち落とすのは至難の技だ。
地上から狙っても、そう簡単に当たらない事くらいは授業で習った。
かと言って女子訓練生の現状は、森の中くらいしか逃げる場所がない。
そうなると無駄と分かっていても抵抗するしかないのだ。
そこへ早くもグリフォンが来てしまった。
グリフォンは地上ではなく、真っ先に空中の僕達のワイバーンに襲い掛かってきた。
「トーリ訓練生、逃げるんだ!」
などと試験官が騒ぐが、人間二人で騎乗している年老いたワイバーンに、逃げ切れる体力なんかある訳ないだろ。
その時の僕は、自分でも不思議なくらいに落ち着いていた。
グリフォンが僕達の真後ろに付き、グングンと距離を縮めて来る。
試験官が
このままだと追い付かれる。
ワイバーンを旋回させ、グリフォンと真正面から対峙する。
グリフォンが雄叫びを上げ突っ込んで来た。
後席の試験官が
「何やってる、逃げろ、逃げるんだ!」
試験官のくせに状況が分かってないな。
グリフォンの方が圧倒的に小回りが利くし、速度も速く逃げ切れる訳ないだろ。
僕は構わずワイバーンを突進させる。
そしてワイバーンの背中を叩きながら語り掛ける。
「君なら出来るよ……へえ、名前カトラスって言うんだ。僕を信じて」
このままだと正面衝突、というところでグリフォンが爪を前に出してきた。
「今だ、カトラス、下!」
僕の声に反応してワイバーンがグリフォンの下へと潜り込む。
手が届きそうなくらいの所をグリフォンが飛び抜ける。
するとワイバーンはクルッと半回転ロールして背面飛行。
後部席の試験官が悲鳴を上げる。
背面飛行して直ぐに下方へ降下。
そのまま半円を描く様に逆宙返り。
訓練場の地面スレスレの所で水平飛行。
そして森の木を避けるように上昇。
グリフォンが一瞬僕らを見失う。
僕らはそのまま地面すれすれに飛びながら、僕らを探すグリフォンの後ろ下方に接近。
「カトラス、急上昇!」
ワイバーンが大きく羽ばたき急上昇。
グリフォンの真後ろまで来て思い出した。
攻撃する武器が無いんだった……
騎乗したままでの格闘戦は、騎乗者を振り落とす可能性が高い。つまり禁止されている。
しかしワイバーンが口を開き、牙を剥き出しにグリフォンに接近しようとする。
噛み付く気だ!
「カトラス駄目だ!」
僕が叫ぶとワイバーンの速度が一気に落ち急旋回。
その時だった。
訓練場の近くの森の中から轟音が響く。
砲筒を撃ったのだ。
地上から上空へと、火槍が次々に発射された。
小型の槍が十本くらいだろうか。
煙の尾を引きながら、グリフォンの近くをいくつも飛び抜けていく。
その内の一本がグリフォンの翼を貫いた。
「グルルルォッ!」
グリフォンの悲痛の鳴き声が響く。
良く空中の標的に当てたものだ。
女子訓練生の中にも凄い奴がいるもんだ。
しかし落ちない!
逆に槍が翼に刺さったまま、グリフォンは高度を上げて行く。
飛び
今ならトドメを刺せそうだが、残念ながらこのワイバーンには武器が積まれていない。
だがこれでグリフォンの脅威は無くなった。
僕は肩の力を抜きながら息を大きく吐いた。
そこへ後部席の試験官から声が掛かる。
「トーリ訓練生。一旦、下に降りるんだ。着陸態勢をとれ」
僕はワイバーンを訓練場に着地させた。
怪我人が居れば、このまま空から運んでしまおうということらしい。
着地してワイバーンから降りると、森の中からワラワラと人が出て来た。
女の子ばかりだ。
そこで思い出した。
ここにいるのは女子訓練生だったと。
試験官が大きな声で、怪我人は居ないか確かめる。
気が付くと僕と試験官は、女の子に囲まれていた。
な、何か緊張する。
試験官が女子訓練生の教官と話をしている間に、女の子の一人が僕に話し掛けてきた。
それはあの、銀色の髪をした女の子だった。
「あなた凄いわね、おかげで助かったわ。ありがとう。それでちょっと聞きたいのだけれど良い?」
「えっと、はい、何でしょうか」
多分同い年なんだけど、緊張して敬語になってしまう……
「さっきのワイバーンの機動。あれは授業で習わないわよね」
そうだった。
授業では背面飛行は危険な機動と習っていた。
その理由は単純に、背面になったら騎乗者が落ちるからだ。
一応安全ベルトはしているのだが、それでも背面飛行は禁止飛行と教えられた。
それに翼竜も嫌がるらしい。
一瞬とはいえ、僕はそれをやってしまっていた。
僕は返答に困るが何とか答える。
「緊急時だったので、
勢いで謝罪までした。
すると銀髪の女の子。
「そういう意味で言ったんじゃないの。あの機動は凄かったわ。私、見とれてしまったのよ」
その言葉に周りの女の子の一人が声を上げる。
「ああ〜、赤くなってる〜、可愛い〜〜」
その一言で顔や耳が熱くなる。
「きゃ〜、やだ、ほんとだ〜」
「ね〜、名前何ていうの」
「同い年の男子訓練生だよね〜?」
何で同い年の女の子にからかわれてるんだろ、僕は……
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