私の事を【花さん】と。炎鷹の中堅メンバーで私の許諾なしに自由に呼べるのは、日野ひの清海はるみただ一人。


「嶺臣様と、ウチの暢さんとお夕飯でしたよね?」

「あと一人」

「…槌谷くんだったかな」

「ええ。今先に帰ってるから、そばにいるわ。車のなか」

「ああ……。それでは正式に【おそば付き】ですねぇ。ノブさんが安心してるでしょうね。この間一度話したら、割合使えそうってニヤニヤしてましたよ。槌谷くんにはごめんなさいしておいてください(笑)。失礼な事言いますからね、ウチのノブさん」

「…伝えとく」

「…何かの決定ですか」

「うん。ハミちゃん、三嶋翔と完全チェンジでお願い」

「…三嶋と?僕が?……?」

「……ええ。ノブちゃんと嶺臣で五番倉庫行ったから、多分」

「そうですか。…いつ動いたら良いです?僕?」

「早め。できれば明日か明後日」

「すぐに動きます。明日お伺いしたいですが、何時頃なら?…あ、槌谷くん通したほうが良いですか?」

「八時半。多分嶺臣は昼くらいまで戻らないから。槌谷には明日の朝、ハミちゃんに挨拶させるから今は良いわ。正式に就任はそれからよ。槌谷はね」

「…承知しました。失礼します、花さん」


通話が切れると。


「日野様が、嶺臣様配下に?」


穣くんからすれば、ハミちゃんもまた【上】なのだ。


「うん」

「………」

「分かるわ、びっくりするわよね」

「…日野様が……」

「清海さん、って呼んであげてね。本人にも言うけど」


静かになる、車内。


「懐刀、コインの表裏。……こんなに簡単にすげ替えるならば、軽くそのに座らせるなと三嶋は嶺臣に文句でも言うかもしれないわ。キラキラ輝くような名称バッヂと引き換えに、血や泥を引っかぶせ、使い尽くしてきたくせにって。確かにそうかもしれないわ」

「………」

「でもね、綱引きは先に相手側に引き込まれたほうが負け。引き込まれたほうが負けなのは…綱引きだけじゃない、けれど」

「…花様」


心に浮かぶ嶺臣の幻を今はそっと、振り払う。愛と呼ぶには不確かで、いびつで激しい、何か───。


「坂を転げ落ちる者、登る者。夜に生きるなら、等しく待っているのは…地獄よ」

「………」

「夢見がちなものほどつまずく。夜の息を吸って育つ女は生意気で哀しいわ。たとえ二十年と少ししか地上に居なくても。男よりも夢が見れないわ」

「花様……」

「苦労をしても最後には愛しい女と花園で眠る──。そんな夢を見る無邪気な蛇は龍にはなれないわ、イブを誘惑する楽園の番人ヘビにすら、ね」

「………」

「さあ、帰りましょう?じょうくん」

「はい、花様」

「…そうだ、私付きになったなら、あなたの呼び名は?花様で良いわなんて、私ばかり決めたけれど。槌谷つちやゆたか

どうする?」

「…花様のお心のままに」

「ならば、【くん】をはずすわ。あなたはこれから、オフィシャルでは【槌谷】。プライベートや日常使いにはじょうよ。ご家族以外の前では【ゆたか】は捨てていいわ。傲慢に過ぎるけれど」

「……ありがとうございます。花様より頂いた名を大切にさせていただきます」


それは、私が三嶋には与えてやらなかった名誉ギフトのふたつめ。


地位も栄誉えいよ名誉めいよも。


私はつくづくひどいオンナだ。

蜜を吸えずに飢え弱り、足もとに転がる蜂を眺めおろす意地悪な華。


私は、夜の世界の住人。

いつまでたっても、変わらないし変わりたくもない。

私が夜の中にいたからこそ、嶺臣と会えたのだから──。


月の光に美しく塗った爪をかざし、愛らしく鳴いてみせる小鳥を彼は望む。

けれども。

彼は私から生来の小さい割には尖ったくちばしも鋭い爪も奪う事なく。


彼もまた、異端──。


私が言えることでも無いのかもしれないが──。




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走狗《そうく》~私のSTELLA《星》 塩澤悠 @gurika

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