それから。

私達はそうたずに帰宅となり。

帰りに嶺臣が手配した車の中で。

新しく開拓したネイルサロンのオーナーの個人連絡先に電話する。

短期間なんだけど、三十代の気性さっぱりとしたお姉さんで私とは不思議なほどウマが合った。ヘアケアとネイルはネニュファールにも任せているが、ここはまた別。あちらとは違い、ネイルを含むハンドケア専門で任せているけれど。安心しかない。

だから、彼女の店については三嶋翔には教えるつもりもない。

これは秘密にしたいと私が嶺臣に伝えているので。嶺臣の【ブロック】はさすがにやぶりようもなく。たとえ三嶋が望もうと店の名を探り当てることも行き着く事すらできないだろう。


「でね、ネイルなんだけど変えたいの」

「変えるのー?」

「うん」

「色はー?」

「レッドとゴールド。アレンジとそれぞれの色の中でのカラーバリエーションは任せる」

「わかったー。タンザナイト良さげだったじゃない。変えるの?」

「これも好き。でもね、せっかく今は休養期間だから、璃里りりさん(彼女の名前)のアートをいっぱい体験したい」

「ありがと♬」

「だってあっちはヘアケア総合だからね。プラスアルファ、ネイルだから。今ね。淡い色イヤなの。ハッキリした色が好き。私そうなると結構こだわるから」

「あぁ(笑)。まぁウチはネイル一本だから、そこには応えやすいわー。技術的にも、気持ち的にもねー」


通話の先の苦笑が見える。

気持ちが通じている。


「…サタンズスパーク(鮮やかな赤橙)とか良さそう」

「あ~、嶺臣が好きそう」

「ゴールドのアレンジとバリエーションは考えてみるー」

「スケジュールは後で連絡する」

「待ってる♬」


で、タップして切って。

横に座るじょうくんに話しかける。


「お腹いっぱい食べれた?」

「…恥知らずとは思いますが、堪能致しました」

「いいのよ、それで。私もすすめてたし。味がするかどうかは怪しくても、あの二人を見ながら私とあの後、食事を続ける度胸をきっと嶺臣も暢ちゃんも買ってるから」

「……花様」

「そうね、あなたは【花様】で良いわ。ちゃん付けはしばらくウンザリ」

「はい」

「……ごめんね、ちょっと待って?…ノブちゃんのところの岸部さんだったかしら。申し訳ないんだけれど、少しだけ【耳を休めて】?」


私は運転してくれている年上のノブちゃんのところのメンバーに声掛けをする。


「……畏まりました、花様。お心おきなく」

「ありがとう」


耳を休めて、は今から聞くことをなるべく【聞かず】、聞こえてもここだけの聞き捨てとして自分の【上】にも他の【上】にも、仲間にも洩らすな、そう言う意味になる。


「ごめんね、穣くん」

「……花様?」

「うすうす察してるとは思うけど。多分あなたは私付き確定になる。それも、三嶋のような感じじゃなくね」


暢ちゃんが、【槌谷穣は暫定ざんていで花付き。仮位置じゃなくなったらどうする?】なんて聞いてきた時点で、もう九割は決まってる。そして一割貰えた私の心づもりも、決定してる。


「………」

「私づきに正式になるという事は。あなたが今までは三嶋翔の配下でも。今日からは。嶺臣に正しく能力を認知された嶺臣の配下、多分幹部格に上がる。暢ちゃんは横並びっぽい位置って言ったけど。格は三嶋よりも多分少なからず、上になるわ。それは嬉しいけれど。私がね」


三嶋は私付きではなかった。私のそばにいつもいる事を熱望しながら、なれなかった。


「……花様…」

「【せめて、側に】、【せめて、お世話を】。私は【せめて】なんて言葉で囲われるのは大嫌い。この世の中に黒と白しかないならば、純粋な黒の中に身を置きながら、純粋な白を演じてみせる、そんな女よ。曖昧あいまいなドールにされるのはまっぴら御免よ。曖昧なのは三嶋翔あの男だけでたくさん」

「……私は、自分の使命を果たすのみ、嶺臣さまがそれをお望みならば、粉骨砕身、この身を花様、嶺臣様の為に使うのみ」

「…私を先にしてくれるのね。嶺臣に言ったら喜ぶわ」

「花様」

「……多分、これを私の口から言わせるために、私とあなたを帰した。理由の二つめね。可哀想な三嶋。理由の一つ目は彼の仕置なのにね。存在が軽くなったわ」

「……花様、私は」

「謝ったのはね。どんな理由があろうと、ろくでもない【上】だろうと。男の本能として。自分を虐げ続けたものが完膚なきまでに上位から叩きのめされるとき、その目で確かめたいという狩猟本能のようなものを許さないという事かしら」

「お心遣い有難くは存じますが、花様が謝られる必要はございません。私共のような配下そんざいは求め使われるのが本望。

見るな、行くな。それが主の望みならば是非も無き事でございます」

「……本当はね。ここまでにはしたくはなかったわ。感傷ではなくね。ただ、感情というものをコントロールして生きてきて、そうできていた自信もあった。素で生きていけるなら幸いだけれど。もうどちらかもわからないような真っ暗闇よ?……今更どんな仮面を重ねようと構わなかったけれど。私には向かなかったわね。彼には些細ささいなことからの突然の遠ざけにしか思えないだろうから、理解は無理だろうけれどね。コップの水はあふれてしまったから、こちらも無理ね」

「………花様」

「岸部さん?」

「はい」

「【耳は戻して】いいわ」

「…ありがとうございます」

「運転に支障ない程度に少し話したいけど。…ノブちゃんの許しは出てる?」

「…はい、花様のご質問に限り、どのような事であろうともお答えしろ、花様のご要望に従えと」

「…そう」

「日野くん、スケジュールはいているかしら?」

「…日野ひの清海はるみですか。空いております。いくらでも本人が空けるでしょう……花様」

「三嶋と完全チェンジ出来る?もちろん、三嶋の扱いは変えていいわ」

「…お心のままに」

「…ちょっと連絡する。番号は変わってない?」

「はい、今日は事務所詰めのはずなので。驚くとは思いますが」

「…ありがとう」


言いながら、スマホを取り出し、指先を動かす。


「…はい」


聞こえてきた声は動揺のない、静かで穏やかな中低音。


「久しぶり、ハミちゃん」

「……懐かしい、呼び名ですねぇ。嬉しいな、花さん。今日はどんな良いことして僕、こんなにラッキーがきたんですかね?」

「ハミちゃん♬」


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