✰〜Ⅰ〜✰✰

翌日、朝八時半。

槌谷の案内で部屋に入ってきた日野ひの清海はるみは、私の顔を見ると、口をきくより先に直立不動で一礼する。

私といえば。

ソファに浅く腰掛け。

冷蔵庫に家政婦さん達がカットしてタッパーにストックしてくれているフルーツ(今日はオレンジ)をお皿に出してつまんでいるところだった。


「おはよう、ぴったりね」

「おはようございます。素敵な色のワンピースだ」

「タンザナイトブルー。爪と今は同じなんだけど。爪は二三日後に変えるわ」

「…きちんと可愛らしく着替えて下さっていて、嬉しいですよ、花さん」

「ハミちゃんは相変わらず口がうまいわ(笑)」

「それが朝食ですか?」

「いいえ。二回目のおやつ(笑)」

「(笑)」

「七時くらいに起きたんだけど。ちょっと口に甘みが欲しくて。マシュマロを二三個食べて。上煎茶入れて飲んで。飲みながら嶺臣とライン。で。あっちとこっちのデータを更新しての、今よ」


オレンジを摘む指を止めずに。


「穣、キッチンの冷蔵庫に硬水こうすいのミネラルウォーターあるから、ハミちゃんに」

かしこまりました」

「…覚えていてくださってるんですね」

「私もずっと同じのを飲んでいるから」

「…花さん」

「もっとも、このミネラルウォーター、キッチンの冷蔵庫に入れられるようになったのは最近だけどね。それまでは寝室のミニ冷蔵庫。補充は嶺臣。

……一度、自分のいつも飲んでいるのを出先で切らして買ってきたミネラルウォーターを机の上においていたら。じっと見られて」

「……もしかして●●●ラボの…ナチュラルミネラルウォーター」

「……ええ」

「…嶺臣さんが……一週間以上まともに動けないくらいに三嶋をシメた、あの…事件。知ってますけど、単純に花さんの飲んでいるのを盗み見て自分もそれを飲んでいるのを花さんが嫌がった、だけじゃなかったわけですか」

「すわって」

「失礼します」


うながしてはじめてハミちゃんは、私と対面のソファに座る。


「日野様、ミネラルウォーターでございます」

「ありがとう」

「穣、ソファの後ろで暫く控えて」

「はい、花様」

「ハミちゃん」

「はい」

「とりあえず、嶺臣の代わりに【言葉】をきくわ」


するとハミちゃんの表情が変わり。

居住まいを正して、


「日野清海、本日より京極配下より衛藤配下に移動致しました。周囲周知はこれから数日中になりますが先ずはよろしくお願い致します。ご挨拶させていただきます」

「あなたの立場。衛藤嶺臣配下の中の特別班実働部隊隊長。主に嶺臣と私の周りに居てもらうわ。だけどね。三嶋と違うのはあなたにきちんと役目をつけて隙を無くす事。というか、今までは班や部隊を敢えて作っていなかったけれど、教訓を踏まえて創立するそうよ」

「…花さん」

「実質嶺臣配下の中では別格。上位幹部格からのスタート。あなたには後で配下も何人かつきます。側付きではなく実働部隊員がね。ノブちゃんに無理を言ったからだけじゃなくね。……全く実力が違うから」

「……っ」

「もし現状に不満が出てきたら遠慮なく言って?対応するからね」

「ありがとうございます。…改めまして。頂きました立場、おごらず、炎鷹の為、花さん、嶺臣様の為。ご期待に添えますよう、奮励努力致します」

「…あいさつ、覚悟表明。受けましょう」

「有難うございます」


座したまま深く礼をする清海、頭を高くして受ける私。

一応の形にはなった。


「穣、挨拶あいさつしなさい」

「はい、花様。日野様、お見知りおきとは存じますが、このたび、恐れ多くも嶺臣様配下に移動させて頂きました上で花様専任につかせて頂きました槌谷つちやゆたかでございます。よろしくお願い申し上げます」

「僕の事は清海で良いよ。様づけもなしで」

「それでは清海さんと」

「分かった。それでかまわない」

「ハミちゃん、槌谷の事を私は【じょう】と呼んでいるから、ゆたかとは呼ばないであげてね。本名はそちらだけど…」

「了解しました。槌谷くんはそれでいいの?」

「はい、一応、花様のご説明前でしたので、【ゆたか】と名乗りましたが、花様のお話ありましたので出来ますれば……」

「分かった。苗字みょうじ以外で呼ぶ時があれば、【じょう】で呼ぶ。花さん、それでいい?」

「ええ」


構わないわ、と告げて。

三人で微笑みあう。


「…ずっと、呼ばれる名がトラウマになるほど締めつけるって。三嶋は何をしてるんだか」

「ハミちゃん」

「僕はね、槌谷を見かけたことは多分あったと思うが、触れ合いはこれが始めてだよね」

「はい、私もお見かけは数度。ですが…」

「…三嶋は僕を嫌っていたからね。【彼の言葉】なんか聞きたくもないから言わなくていいよ?」

「はい」

「…もっとも、僕も三嶋は好きではなかった」


そう呟く日野清海。



「初めてあった時からね。ただ、嫌うほどの熱量も、憎むほどの情熱もあの男に向ける気にはならなかったから。別にそんな存在の男に嫌われようが憎まれようがどうでも良かった。まぁ、邪魔くさくはあったけど」

「ハミちゃん(笑)」

「清海さん…」

「【使える】ことは知っていたし。便利だったんだろうね、実際。嶺臣さんにとっては。うちのノブさん、いや、もう管轄外れたから暢友のぶともさんにしといたほうが良いのかな?気持ち悪がられそうだけど」

「“やめろ、清海。今まで通りにしろ?背筋がゾワゾワする”とか言いそう」

「(笑)」

「今はまだノブさんで良いんじゃない?」

「じゃ、お言葉に甘えて。ノブさんが(笑)」

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走狗《そうく》~私のSTELLA《星》 塩澤悠 @gurika

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