日が暮れて───。


藤紫の特別個室で。



「しっかしよ、久しぶりに来たが、また料理長腕を上げてねえか?」

「美味しい♬」

「俺、この厚揚げと季節野菜の炊合せ、お代わりな?」

「はい、嶺臣様」

「えー俺も」


本当に食い気優先だと思う。

嶺臣と暢ちゃん。


注文を聞きに来てくれた女将さんはニコニコしてるけど。


「はいはい、暢友様も。花様はいかがなさいますか?」

「私はこの手羽元と根菜の炊合せ、おかわりで」

「はい、畏まりました。お気に召しましたか?」

「ええ」

「有難うございます。…そちら様は?」

「あ、槌谷くんていうの、これからよろしくね」

「槌谷様、有難うございます。お気に召したものはございましたでしょうか?」


聞かれて静かに穣くんは口を開く。


鶏牛蒡煮とりごぼうにが。とても美味しいです」

「あら、有難うございます。うちの密かな人気でしてね。鶏肉はうちは比内地鶏の特別契約の養鶏場からの仕入れなんですよ。卵もそこの」

「そうなんですか。…すみません、それでは出汁巻きを。卵も味わいたくなりました」 

「あら」


女将は見慣れない顔の穣くんから出た、控えめながらも店側には嬉しい発言に表情を柔らかくしてる。


「あ~、俺も!」

「俺も!」

「私も」

「ハイハイ(笑)。多目に持って参りましょうね(笑)」


和やかに、女将が引っ込み。



「あれでしばらくは来ねえな」

「だな」

「【お代わり】で空気読ませるの、上手いよね、二人とも」

「………」


ニヤリと二人が笑い。

穣くんは無表情。


「それで?暢ちゃん?」

「ん〜、アレねえ」

「………」

「やべえかもしんねえな。前々からな、デキるっちゃデキるし、それなりに切れるし、回せるし。嶺臣が使うなかでも一目は置かれてたけど。コインの表裏とか言われてたし。でもな、花」

「おい、ノブ」

「これ知ってるか?あいつはな、嶺臣にあこがれて憧がれて、嶺臣よりも嶺臣らしく生きたくて抜き身の刃なんて言われるまでになったけどな」

「………」

「済まねえな、槌谷」

「……いえ」

「俺や、嶺臣の周りにいる【はるか上】の奴からすりゃあ」

「ノーブ」

「表裏。裏っつうのは絶対に表にはならないから価値がある。だけどなあ、なれるけどならないのと、なれるつもりでなりきれない、なれないは違う」

「暢ちゃん」

「圧倒的に後者なんだよな。俺からすりゃ。アレ。ひでぇやつだな、俺」

「ノブ(笑)。お前がひどいやつなのは昔からだ」

「そりゃそうか(笑)」


嶺臣と暢ちゃんは笑い合い。

不意に、嶺臣が。


「『諦めましたよ どう諦めた 諦めきれぬと諦めた』」


すると暢ちゃんが。


「『切れてくれなら切れてもやろう 逢わぬ昔にして返せ』」


だから、私は返す。


「『嫌なお方の親切よりも 好いたお方の無理が良い』」


皆、それなりにしれた都々逸どどいつだ。


それに加えて。


「『嫌な座敷にいる夜の長さ、何故か今宵の短さは』

『およそ世間に切ないものは惚れた三字と義理の二字』」


静かに呟く、槌谷穣の教養の、高さ。


嶺臣と暢ちゃんの口角がゆっくり上がり。


「おい、嶺臣」

「んー」

「なんでこいつがアレの下だ」

「……知らねえ」

「いつの間にか、抱え込んでたわ」


二人の言葉に私は割り込む。


「花乃」

「会うたびに難癖つけてた。蹴ったりなんかも割合ね。私の前ですら数回してたから、陰ならその何倍かは。考えるのも嫌だけど。

穣くんをいつの間にか。こいつは俺の下だって。側において付かせるって。嶺臣が穣くんを認知し始めた時には、抱え込みが終わってたのよ」

「花様」

「考えてみて?二人とも?この間のクラブ『ローズ』の時。穣くんは鎮静剤の注射でかっちゃんを落とした。報告はいってるわよね、暢ちゃんにも。幾ら実家が医者でも免許持ちでも、普通はやらない。こんな物騒なもの使いたくないって穣くん、言ってたわ」

「……花様」

「でもね、使わないと抑えられないほど、キレるときがあるんですって」

「馬鹿か、あいつ」

「馬鹿だな、あいつ」

「……馬鹿は私も同じです。今、三嶋を庇おうとは思いませんが。離れることを、選べなかった時点で、俺の…負けですから」

「……なんで?」

「京極様」

「ん、暢友でいいぜ?」

「……暢友さん」

「様付け嫌いなの、覚えてたか。優秀♬。

……で?なんで?……言いたくねえか?」

「………」

「言わないのか、言えねえのか?どっち?」

「……言えないことは、ありません」

「…へえ」

「三嶋は嶺臣様、暢友…さんの…【下】。

私は三嶋についておりましたけれども、炎鷹の歯車の意識を捨てたことは一瞬たりとも有りません」

「…殊勝しゅしょう(心掛けが第三者から見て感心出来る様子)じゃねえか」

「ですから、【上】からのご要望有れば、グループの悪にならないならば申し上げます」

「小を裏切り、大を活かす?」

「暢ちゃん……ずいぶん、意地悪よ」

「……答えろ、槌谷」

「嶺臣も」

「三嶋を、裏切る。私は三嶋につかえたつもりはございません。

私は炎鷹と【上】、【はるか上】の皆々様の為に在る身です」

「……」

「……」

「…申し上げます。三嶋の花様への執着は恋慕を越える事があるのはご承知だと思いますが」

「…チッ!」

「嶺臣、舌打ち」

「クソガキが」

「ドウドウ、嶺臣」

「ノブ」

「聞こうぜ?」

「………」

「有難うございます」

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