私の【怪我】から一か月──。


休養はまだ、終わらない。

というか、当分は許しも出ないし、その目途めども立たないと言うべきか。


「なんかさ」

「ん?」

「お前を俺のそばに一定期間、こうやって一日の大半、置いてみると」

「置いてみると?」

「会ってから割合、長いが。結構お前を【夜に】奪われてたな、と」

「あら、それは職業?それとも私の気持ち?」

「…意地のワルイおんな(笑)」

「そう?嬉しいわ(笑)」


タンザナイトブルーに金色のラインをあしらったネイルをしげしげと見つめてくる嶺臣に微笑ってやる。


「新しい【店】、気に入ったか」

「うん、【farfalla blu】(ファルファッラ・ブルー:青い蝶。ケイちゃんのお店)からの情報カルテ引き継ぎ完璧。ケイちゃんはめっちゃ怒ってたけど」


結局、美容室サロンは変えざるを得なくなった。三嶋翔のせいで。


「(笑)」

「“店はともかく、客、放り出せねえ!、馬鹿三嶋、シメる!”って(笑)」

「シメさせろ(笑)。構わん♬」

「(笑)」

「美容師は店というより【人(技術力、人間性)】に客がつくからな。一瞬、花乃を動かすなら、ケイのはこの住所を動かすか、二店の人員だけを入れ替えるか、とも考えたが」

「私のためにそこまですると目立つわ」

「ああ」

「今度の店はノブちゃんのフロント(隠れみの。後ろ暗いのがバックにいる健全、堅気な店)だから」

「返って馬鹿は手を出せねえ。半殺しじゃ済まなくなるからな。三嶋翔の利便性を考えりゃ、消されるのは困る。今は」

「……鬼畜ね」

鬼畜オレのオンナだろ?花乃(笑)?」

「鬼畜のオンナは鬼畜(笑)。まぁ、私は爪をキレイにしてくれて、フェイスケア、ヘアケアさえ前と同じ水準なら文句はないし。

そういう意味で言うなら【Nénuphar(ネニュフアール、フランス語で睡蓮すいれんの意味)】に文句は無いわ。良い店よ?」

「ホントに鬼畜(笑)」

「(笑)」

「槌谷はどうだ?」

じょうくん?絶好調だけど」

「……翔のことは?一応、上だからな。あの馬鹿でも」

「気にはしてたかもね。少しは。だけど今は呆れてるかな」

「……あの馬鹿、三回目の【座敷牢ざしきろう】だと」

「懲りないねえ」


座敷牢。

それは炎鷹では、蔵ではなく、仕置専用倉庫にある、鉄檻の牢部屋の事。


「ノブちゃんの使ってる倉庫って」

「五番」

「ちっちゃなとこだっけな。図面だけ見たかも」

「(笑)」

「埃かぶってたからちょうどいいゾウキンだってノブ言ってたぜ」

「言い過ぎ(笑)」

「ノブ、だいぶキテたからな」

「せっかく、面倒みてくれてるのにねえ」

「翔はオレんとこのヤツだからな。一応、ノブは上部連の一人だしな」

「本来【付ける】なんて出来ない、私とノブちゃんのジョークみたいなものがリアルになっただけ」

「あれも大概お前に甘いよ、花乃」

「そうかしら?」

「んぁ?」

「ノブちゃんが嶺臣を認めてるから、小娘の言う事聞いてくれてるんじゃない?」

「…ボイスレコーダーでって聞かせるかあ?ゲラゲラ笑って言い返すだろ、あいつなら」

「?」

「“甘やかしが足りねえぜ、嶺臣ちゃん?溺愛していいなら、大歓迎だがよ”って。

させねえがな。片腹痛い」

「……二人とも口が上手い」


こんな、ワタシのどこが。

嘘という蜜の絡まっていないところの無い、夜の蛾のような、ワタシの、どこが。


「…そんなところだろ?」

「嶺臣…」


読まれる、考え。


「ノブよぉ、翔がなんにもできねえようにギッチギチにしてるらしいが、ほら…」

「………」

「姫様が高い塔の上にいればいるほど、登りたくなるんだろ?あんなオトコでも」

「……私は金髪の髪長姫でも無いし、ジュリエットでもないわ。壁を越えてもらう必要も無いし、登られるのは気持ち悪い」

「…だよなあ」

「それで?ノブちゃんのところの若い子達を半死半生にして、中堅に取り押さえられて座敷牢行きが三回目?いつ?」

「一昨日」

「馬鹿?」

「(笑)」

「…ノブちゃんとノブちゃんの所の子たち、可哀想」

「言うだろうと思って、花乃からだって言って〔莉久りく〕の練りきり特級、人数足りるように送っといた。あの馬鹿の分、抜いてな」

「嶺臣……」


莉久は私が大好きな高級和菓子店。

練りきり特級は要予約、値段は重箱五段一くくりのものが数万単位だ。

幾つ頼んだやら。


「……そういえば三嶋に莉久のお菓子、食べさせたことなかったわ」

「そうだっけか?」

「ん」

「なら良かった。あいつの地団駄がまた見れるってノブに言っとくさ」

「……穣くんに」

「花乃?」

「店についてきてもらった事があるわ。割合と初めの頃」

「槌谷に?」

「ええ、ちょうどその時に迎えが穣くんで。嶺臣のお店のママで莉久のお菓子気に入ってくれてるひとがいたから、季節菓子だったし予約に寄ってもらったの」

「ああ、顔浮かぶなぁ、あのママだなぁ。……で?」

「マンション帰ったら、扉の前に三嶋が」

「………」

「見るなり、穣くんの襟元引っ掴んで。

“お前に頼んだのは迎えだけだ。姫さんを連れ回していいなんて言ってない!余計なことをするな”

って凄い勢いで。

“どこ行ってた!何をしてた、言えよ!俺は嶺臣さんから【姫】を預けてもらってるんだよ。勝手な真似をするな!”

って突き飛ばしてたわ?穣くんを」


預かられた覚えもないし、嶺臣にしても預けた覚えもないだろう。


「青いねえ」

「ええ」

「お前より兄ちゃんのくせに。ションベン臭え」

「(苦笑)」

「…オトコノコなんてそんなものよ」

「花乃…」

「だけどその時はね。受け身をとりそこねたのよ、穣くん」

「知らねえな、その話」

「入れなかったんでしょ、三嶋自身に都合が悪いから」

「……」


嶺臣の目がスウッと細められる。

冷たい眼の色が温度を更に無くしてゆく。


「床に転がった穣くんのお腹とすねを革靴で何度も何度も」

「花乃」

「でも、穣くんは何をされても、血反吐を吐いても、私とどこへ行ったかも目的も言わなかった」

「………」

「その時私は槌谷穣を信用したわ。無表情で床に転がり、目を伏せて反撃すらしない、はた目には媚びているかのように見える男はあの場では圧倒的に【勝者】だった」

「…随分、評価高いな」

「【下】としては、ね。嶺臣はこれから見てあげれば良いのよ。今は三嶋は居ないんだから」

「……そうだな」


寵愛、引き立ては時の運と気まぐれ。

けれどもこの世界、凋落ちょうらく(落ちぶれていくこと)は一瞬。何年も鋭利な刃物とたたえられても、なまくらになるのはたやすい、世界。


それはアウトローも【夜】も、おんなじ。

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