かっちゃんから伊砂、と呼び捨てされているけれど。伊砂さんはかっちゃんの配下ではない。

伊砂さんは嶺臣のそば付きの一人なのだ。

嶺臣の配下の呼び捨てを許されているのは、あくまでもそれを嶺臣が許しているから。

そんなことも忘れたのだろうか。


……嶺臣が六番倉庫で、仕置したとき。


かっちゃんは、いや、三嶋翔は、ずっと言っていたのだという。


『俺がなんで』

『姫のためにずっと』

『外道やクズから守ってあげたいから』

『俺、今回もちゃんとしたでしょ?姫の辛い危機のあと、姫を軽んじようとした馬鹿たちを排除できたでしょ?』


いや…アレはほとんど八つ当たりでしょ。

別に、私から頼んだわけでなし。

一年半も放り出されていたような店、これからも放置し続けたところで、邪魔になったなら嶺臣が指先を走らせておしまい。

それがたまたま、三嶋翔の八つ当たりしたい欲を刺激して、嶺臣が許しただけでしょうに。


それにごめんね。最後の方の処理、全部こっち。

…全く。


うん。

目、曇りかけてたのは私も一緒。

有難う、運命。


大体、私は【姫】じゃない。

嶺臣のもとでの皆からの扱いがどうであれ。

それはあくまでも口に出す必要の無い不文律ルール


……かっちゃん。相当。精神やられたんだな。

『姫』って、彼が私と知り合った初期に呼んでいて。

嶺臣は何も言わずに面白がったが。


私が、物凄く嫌がった。


…私はあなたの【姫】じゃないの。

あなたの愛玩ヒメではないの。

私をそう呼べるのは嶺臣だけなの。


やめて、二度と呼ばないで。


たとえ私が嶺臣の中で純粋な意味での唯一無二にはなれなくても。

言葉だけでも私をそう呼べるのは嶺臣だけなの。


馬鹿にしないで。



それからかっちゃんは私を花ちゃんと呼ぶようになった。

それなのに、退行してる。



面倒臭い。


そうじゃなくても、やる事は多い。

当面、店働きをしないならば、休むならば、【ヒマ】ではないのが愛玩・・だ。

と、私は思う。


嶺臣はヤレヤレといったふうに呆れるけれど。


私が望むのならそれなりに忙しくはしてくれる。嶺臣は、そういう男だ。


うとうとしていて欲しいと唇を軽く歪めてアルカイックスマイルを浮かべながら。


俺の前でだけ、暫くはさえずれ、金糸雀カナリアと、喉元を撫でて甘く囁きながら。


私の鳥かごを決して狭くはしない男。


だから私は、自由に囀る。


美しく、残酷で、奔放な男のもとで───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る