言った途端、穣くんは荷物を私の横に置きジャケットを躊躇いなく脱ぎ、私に着せかける。

直ぐにトートバックはまた肩に掛けたが。


「そこの綺麗なお姉様のお連れさん」

「………」

「勇気があるのは良いことよ?チャンスの神は前髪だけとも言うし、与えられた機会は逃さないのは評価するわ」

「……っ…」

「怒られはしないわ、きっと。偶然、街中で会いました。なんだかよく訳のわからない女でしたと報告すればいい」

「そんな」

「…ねえ、お姉様?助けてあげて下さいね?」

「(笑)」

「会うのなら、また会うでしょう。でも一つ。私は人が探しやすい場所になんか飛ばない。蝶々にたとえていただいたけれど、属性からすれば蛾ね。がっつかれるのも、糸をかけられるのも勘弁こうむるわ」


私はさり気なく差し出された穣くんの腕に指先を絡めて立ち上がる。


「それでは、ごきげんよう」

「…待っ…」

「失礼致します。まいりましょう、美羽様」

「ええ、穣」

「本当にお買い物なのですね。見えない護衛の気配が、一般の方々だ」

「!」

「私共が消えてから十分程度経ってから動かれてくださると?…もっとも、ママはともかく、お連れの方の【腰が入る】には十分でちょうどかと」


穣くんが言い捨て。

華のような微笑みを浮かべる名も知らぬ女傑と、細かく全身を震わせ、動けない男──。


二人を置いて公園を出る。


人通りの多い道を選んで、元のほうへ戻り。

ジャケットを返して。

穣くんがスマホを取り出して指先を忙しく動かすのを見ながら。


「何か温かいものが食べたいわ」

「美羽様、と今はお呼びしたほうが、まだ」

「ええ」

「配下が数分後には参ります」

「用意がいいこと」

「乗ってきた車の回収は既に命じました」

「何をお召し上がりになりたいですか」

「ビーフシチュー、とか煮込み系洋食」

「『岱山たいざん』では」

「久しぶりね、嬉しいわ」

「マスターに今ご連絡を。………。……是非、とのことです」

「良かった」


まだ口の中の痛みはうっすらあるが、ゆっくりと食べれば平気だろう。

さて、待ち時間に。


「凄かったね」

「………」

「後半の【殺気】」

「…」

「ひとたまりも無いよ、あれ(笑)。槌谷穣の殺気。まあ、あっちは、槌谷穣だとは思いもしないだろうけど」

「…お恥ずかしい」

「また怒られるかな?かっちゃんに」

「……」

「“なんで穣が花ちゃんの格好いいところ見て、おまえの殺気を花ちゃんが見る状況になるんだよ!ズルいだろ!”ってさ(笑)」

「言うでしょうね、三嶋なら」

「表情まで浮かぶわ」

「ええ(苦笑)」


悔しがるかっちゃん。

わらう嶺臣。


なんだか可哀想ね?


その時、小さく鳴った通知音。

確認する穣くん。


「車が、近くに参りました、参りましょう」

「ええ、後は車の中でね」

「はい」





車中で。


「お嬢様みたいな喋り、苦手。少し疲れたわ」

「大変お上手でしたよ?慇懃無礼で小気味好かった」

「そう?それは嬉しいわ♬」

「うちの三嶋には」

「自慢しなさいな?

“あなたの不調のお陰で、僥倖ぎょうこう(思いがけない幸運)にあずかれました、有難うございます”とでも」

「うちの三嶋が地団駄踏んで眼を回します」

「うちの嶺臣はお腹を抱えて床で笑い転げるわ?あなたへの臨時小遣いくらい出るかも」

「…それは…」

「ありがたさをかっちゃんに存分に見せつけながら受け取って、スーン( ˙ ³ ˙ )ってしてれば良いの」

「はい(笑)、畏まりました。花様」


なんて話をしているうちに店に到着し、

いつも使う特別室に案内され。

すぐに出てきたシチューを味わう私と。


席につくなり、スマホを駆使し始める、穣くん。もちろん、会話ではなく、指先で。


「……判明しました」

「ん?」

「男のほうは黒鳳の河住かわすみ成吾せいご、女のほうは【クラブ銀翼】の…」

「ちょっと待って。【銀翼】ならママは小百合さん……いえ、ちょっと待って。あそこの人じゃないわ。…穣くん」

「はい」

「黒鳳の持ち店に【東雲しののめ】ってあったわね」

「はい、ございます」

「判った。あのひとの源氏名は寿世ひさよ

「……お見事でございます、花様」

「顔は知らなかったわ、さすがにね」

「花様」

「東雲のママが引退?なさって、新しいママに変わられたというのは薄ぼんやりとね。…銀翼と東雲は犬猿の仲。銀翼のママが変わられたって、夜に流れていないなら、まぁ、そういうことね」

「……」

「東雲のママは一般客の顔出しが禁止だったそうよ。殆どママの務めはサブママがね」

「…小賢しい」

「小百合さんにしたって、まぁ、私も検索ごしにしか知らないしクラブ銀翼は黒鳳の持ち店じゃなくてグレーゾーン(いろいろなグループが手出し可能)だったから」

「本当に……お詳しい」

「……いけないいけない。嶺臣に叱られるわ。ナイショね」

「はい(笑)」

「お前は【起きる】と際限がない、ウトウトしてるくらいが面白いし可愛い、ですって」

「……それは(笑)」

「極限まで起こしたい気も山々だけどな、ともね」

「花様(笑)」

「私としては眠っていたいわ」

「花様……」

「嶺臣だけ見ていられたら、それで幸せ」

「……」

「なんてね」

「………っ」


かっちゃんの懐刀に言うにはヒドい台詞。

まぁ、穣くんはわかってくれてるけどね。

私の残酷さを理解してくれている人間のほうが私は信頼できる。


変わったオンナ。


「あ、シチュー、テイクアウトできるかな」

「ビーフのほうで」

「うん」

「少し多めに」

「そう」

「オーナーにはもうお願いしてありますのでご安心を。季節のピクルスとお二人のお好みのブレッド(パン)も三種類」

「完璧ね、有り難う」



本当に有能だ。穣くんは──。

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