数時間後──。


向かった宝石店で目的を果たし、店から離れて、雑踏のなか。

ちなみに。炎鷹えんようの嶺臣配下の護衛は見えるものも見えないものも居ない。

そのくらいには穣くんは強く、嶺臣に信頼されている。


「ごめんね、結局、持たせてる」

「いえ、花様はまだお怪我が」

「有難う」

「……花様」


宝石店で受け取ったのは、ママ達やさっきのキャスト達への嶺臣からのはなむけの指輪やネックレスなどのセット。

嶺臣の事だからサイズは調査済み。

ビジネスの事だから、私も妬く気も起こらない。


結局、荷物は穣くんが持ってくれたのだけれど。

店が用意してくれた大型の布製トートバックにまとめられた女性達へのプレゼントの総額は……。本来ならばアタッシュケース一択な金額ではあるが、街中では目立つ。

それも私と、穣くんの取り合わせでは。


「……見てる人がいる」

「ええ」

「つけてるとかの気配はなかったから。偶然かしら。…嫌だけど」

「…女と男のカップルです」

「教えて」


気配を感じたのは不意だったが。

随分と強い視線。

背中に感じるそれは振り向かなくてもわかるくらいに不躾だ。


瞬時に気づく私も穣くんも大概たいがいだが。


「歩きますか。どうせ、ついてきます」

「ん」

「駐車場には向かいません。確かこの先のバスターミナルの手前に小さな公園が」


ナビで確認済かな?

さすがはエリート。


「判った」

「お痛みは?」

「今は無い。穣くんに車の中で貰った痛み止め効いてるし」

「それは良うございました」

「二人の特徴は」

「男は【こちら】の世界の者。女は夜の…」

「ママクラスかな?」

「…はい」

「男はどんな?」


聞くと。

彼は私がそっと手渡したコンパクトミラーを相手に分からないように【使い】。

 

「濃い茶髪の短髪。色白。スーツではないですが、金はかかっている上下ですね」

「ふーん。なんか付けてる?どこでもいい」

「耳に赤い石の使われたピアス。イミテーションか宝石かはこの距離では」

「………」

「…花様」

「私の髪を、触るふりをして?」

「はい」


穣くんは言うとおりにして私に耳を寄せてくれる。


「黒鳳の人間。多分三番手くらいの側付き。私が襲われた前日、黒鳳が集まってた特別室にいたよ」

「……っ…」

「右耳の上の髪が、一房だけ、黒い」

「…はい、おっしゃる通り。…ついてきてますね。あと二分で公園です」

「態度は今のまま。多分もう、大まかには素性が【分かられ】てる」

「お名前は…」

「一応店に出した本名も偽名を使ってるからね。嬉しそうに細工してたから、嶺臣が」

「…【炎鷹の幹部以上の女】」

「調べたとしても。しれてるのは、嘘と不明確な事実だけ」

「では、お名前は」

美羽みうと呼んで」

「承知いたしました、…美羽様」


いちゃいちゃとじゃれ合っているようにみえるよう態度を変えながら打ち合わせをしっかりと、距離を保ったまま終えて。


公園に足を踏み入れようとした途端。

背中に声がかかる。


「凛花さん、お店、お辞めになったんですね」

「………」

「店にも【強盗】が入ったようで」

「……あら、大変」


硬い声に、私が最初に出したのは柔らかく甘い声。


「ですが、店を辞めれば私は部外者じゃなくて?」

「随分と【夜】とは、違われている」

「そうですか。……何かご用ですか。買い物途中ですし、そちらもそのようにお見受けいたしますけれど」


私は一応、ひろをあとにする前に着替えている。


深いタンザナイトブルーで白いレースの飾り襟の長袖ロングワンピース。苦しくないけれどボタンはきっちりと喉元までとめられている。丈は膝下まで。その上に羽織った薄い白いカーディガンは通年仕様だけれど。どちらかと言えば防寒よりはワンピースや、ドレスの飾り、といった感じか。ヒール無しのリボンモチーフエナメルパンプスは見て分かる、高級品。


茶髪の男は慎重に私を視線で吟味している。

少なくともあんな場末のキャバクラにいたような女に今は私は見えないだろう。


絞られた店内照明の下。

薄っぺらい貸衣装を身に着け、まるで足かせのようなキラキラしいキャバヒールを履いた私しか知らなければ。


夕方に差し掛かるにはまだ少し早いが。

明るい光の下で。

頭の天辺から靴先まできちんとよそおっている私を見れば驚きはやむを得まい。


「美羽様」

「なぁに、じょう

「………。この方は」

「お客様よ、少し前までのお店の」

「それは。美羽様がお世話になりました。私、名乗る名はございますが許されてはおりませんので名無しではございますが、御礼申し上げます。御用向きをお聞きしたいとは存じますが」

「…どういう…?」


茶番を始めてみた。

茶髪の男の声の色が変わる。

四人が公園の中に足を踏み入れ、四阿あずまやのような、中央に卓のあるベンチへと腰をそれぞれ下ろす。


「貴女はいったい…」

「それは個人情報ではなくて?」

「……随分と違う、話し方も。あのかたの言うとおり」


そうね。この話し方は。普段しないから。

私本人も疲れるわ。


「私はあなたの言われる【あのかた】と数度ご同席しただけ」

「…ちょっと良いかしら」

「はい、どうぞ?」

「聞いても話してくれなさそうな質問は省くわ。さっき急に私の連れさんが固まったかと思ったら貴女がたを追うと言うから来たけれど」

「ママ!」

「つまり、結局のところ、この人の【上】が貴女を探してるわけ」

「まあ」

「あまりにも鮮やかに指からすり抜けた蝶々をね」

「どの林で育ったのかも、どんな水を吸ってきたのかも分からぬ蝶を?随分と酔狂だわ」

「……そうね、私もそう思うわ。随分と擬態がお上手いこと」

「有難うございます(笑)」

「まさに夜にしか飛ばない蝶々。私には分かるけれど。私の今日の連れにはまだ早いわね」

「美羽様、そろそろ」

「ええ、少し寒いわ」

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