そして。

あれから伊砂さんともう一人。

嶺臣が人を寄越してくれたので。

二人に女性陣とかっちゃんを任せて。

女将にあとをよく頼んでお礼をして。


私は穣くんと『紘』をあとにして、別の場所へ向かうことにした。



「宝石店?」

「ええ」

「…そこまで」

「ええ、するわ」

「…花様」

「とは言ってもこっちは嶺臣が手配してるだろうから、私は受け取りに行くだけ」

「三嶋は」

「知るわけ無いでしょうね。嶺臣と私で昨日今日の数時間で決めてるし」

「ついていくのが、私で」

「だからこそ頼んだんだけどね」

「!」

「かっちゃんの名代が務まって、強くて。礼儀がしっかりしてて。ドレスコードのあるようなところに連れて歩いても物怖じすらしない、ぴったりね?穣くん?」

「………」

「耳、赤いよ?穣くん?」

「…お許しを、花様」


ふむ。貴重だ。三嶋翔の懐刀、槌谷つちやゆたかの、耳まで真っ赤になった姿。貴重すぎるから、かっちゃんには教えてあげないことにする。


「秘密にしてあげるから、かっちゃんにも秘密ね?私の気持ちも、穣くんの可愛い姿もね」

「……はい、花様」

「♬♬」


三嶋翔に対して、冷たいと思うかもしれない。

かっちゃん、かっちゃんと呼んで利用する割には冷たいと。


そう言えば昔。

言われたことがあった。

かっちゃんの【知り合いの女の子】に。


持ち店の子には見えなかったから、身体の関係くらいはある、【知り合い】だったかもしれない。


“二股じゃないの?尻軽ビッチ

ひざまずかせて従わせて。何も差し出さずにむさぼって。それだけの価値が自分に有るとでも?”

“ただ人よりちょっと小綺麗なだけの、可愛いだけの伽藍銅がらんどう(中身がからっぽ)な小娘”


私よりはいくつも歳上で、学のある、【女友達】。


私は何も言い返さず。

女の横を通ってマンションのエントランスからエレベーターで部屋へ帰り。


嶺臣が雇っているハウスキーパーの一人(一応吟味済み)の作ってくれただろう夕食を食べ。

彼女達が私の為に用意してくれている飲み物を飲んで。


三嶋翔の作ってくれているものには一切手をつけるのをやめた。その日から、数日間。


誰も。

何も言わずに、日が過ぎる。


“あんたみたいな冷たい女のどこが。振り向かない女のどこが。花ちゃん花ちゃん気持ち悪い!”


そうね、と。

うなずいてあげたなら。あのひとはどうしたろうか?


私もそう思うわ?

嶺臣しか見上げる事の無い、私のような女のどこが。振り向けない女のどこが。受け取るだけのむごい女のどこが。


けれど、私達にはそれが。

唯一で。

それしか無いのなら。

受け入れて生きていくだけ。


そして私は決して三嶋翔の中で【対等な女】ではなく。

私にとって、三嶋翔も【対等な男】ではない。


二人の間に衛藤嶺臣が居る限り。


衛藤嶺臣の位置は決して変わらないけれど。

私は三嶋翔より低い位置にはならず。

三嶋翔が私より高くなる事もない。

片側しか向かない矢印にこそ、私達三人は縛られていて。


それに是非は無いのだ。


私はそれからあの女友達を見たことは無い。

何年前かも忘れてしまった。

誰が何をしたかなど知りたくもないし、興味もない。


ならばなぜ覚えているのか?

今は顔さえ朧気おぼろげなあの女の言葉を。


それは───。

彼女の言った事が間違いなく【真実】だからだ。


だから私はいましめの為に、ずっと忘れずにいるのだ。

もう付けなくなってしまった首飾りを時折眺めてはまた壊れた宝石箱に仕舞い込む、気まぐれで酷い女を自分をかたる事なく、演じ続ける為に。


私は、砂糖菓子と柔らかな何かで出来てはいない、夜の静寂しじまを縫うように、這いずるナニカ──。

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