女将が整えてくれた部屋の襖が開くと。

目映いばかりの、色の洪水。


あちらこちらと台の上に積まれた反物。

桐箱の中の着物。

衣桁いこう(着物を掛けるための、現在でいうところのハンガーラック。今、主に使われているのは、美術品としての展示の場合か、常に使われているのはある年代以上の旧家か花街か、呉服屋、着物教室くらいだろう)に掛けられた絢爛けんらんたる衣裳。


女達は忙しく立ち回る店の者の間で半ば呆然としながら、されるがまま。


ただ。

私が入ってゆくと。


ラ・ルーナのママ、有紗ママ、そして美貴さんを除く五人はすがりつくような声を出す。


「花様」

「花さま…これは…」

「花さま!」

「花様…一体…あの……?」

「花様!」


無理もない。


「鎚谷さん、ありがとう。沙和さん、私、どこ座る?」

「それでは床の間の前に。入り口からも私からも近いですから。スウェード生地の和風リクライニングソファを用意させました。お身体お楽になさって下さいませ」

「ありがと。鎚谷さん、下ろしてもらえる?」

「…はい、花様」


穣くんが私をソファに下ろし、新しいブランケットで私の身を包み、近くに座ると。

落ち着いてこちらの話を聞ける状態に女性陣がなったようなので。

まずは。


「沙和さん」

「はい」

「少しの間なので、こちらの鎚谷さんの在席を許してもらえますか?本来ならばいくら長襦袢等を着ていても女性の試着採寸会場に男性が入るのはタブーですよね。…でも、今、このひとは体調不良の三嶋翔の名代、というか、衛藤嶺臣の代わりとしてここにいるので、男性くくりから、一旦外してください」

「畏まりました、花様」

「花様、言い過ぎです、勿体無い!嶺臣様の代わりなど、僭越です!」


女将の返事と穣くんの言葉は同時だったが。


「いいえ、私のようなものの差し出口など、お聞き捨て頂いて構いませんが、花様のお口から出ましたお言葉である以上、それは事実ではなく、この場の【真実】でございます」


ピシリ、と述べられた凛とした女将の言葉は、場を締めるには充分過ぎて。


「畏まりました、女性の皆さま方はそれでよろしいですか?」


女性陣は各々、頷く。


そうなれば、穣くんは黙るしかない。


「それでは、花様のご注文により。

美貴様には相応ふさわしき一式を花様より数点以上。

ラ・ルーナの敦子様、リス・ブランの有紗様にはお詫び、褒賞を兼ねまして、選りすぐりましたものを数点以上。

後の皆様にも相応しきもの、可愛らしく美しいものを数点以上と承っておりますので、そのようにさせていただきます」

「これは、店の選定と注文は花様、代金は衛藤嶺臣様からのもの。皆さんにかなりの負担をかけるので、とのお二人のご意向でございますので、遠慮は無用です。特に、美貴ママの場合は必要不可欠な投資の一面もありますのでくれぐれも遠慮はご無用に」


女将の言葉と、彼女の言葉に腹をくくった穣くんの駄目押し。


女性陣は。

広げられた着物や小物の数々を見てから、私を見て、また着物を見て。


茫然自失。

二人のベテランママと美貴ママはさすがに、自分を取り戻し取り繕うのが早いけど。


私はちょいちょい、と手招きして。

多英たえさん、順恵よしえさん、流華るかちゃん、彩矢あやちゃんを呼ぶ。

長じゅばん姿のキャスト達は客が見たなら鼻血ものだろうけど、有能キャスト=高額商品が脳に刷り込まれてる穣くんクラスならば、眼を伏せるくらいでやり過ごす。

恥じらっているのでは当然無く、向こうの見せたくないものを見ないためのシャッター下ろしみたいなもの。


「「「「花様」」」」


なんか、よってきたみんな、涙声なんだけど。


私は四人を指先で呼び寄せながら、女将に視線でお願いする。


女将は一つ頷き、上の三人を二間抜きしてある手前の部屋へ導いて襖を閉めてくれる。


「遠慮しないでね」

「…でもあの」

「なぁに?」

「ママたちは分かりますし、美貴ママもわかります。でも、私達は…」

「うん、分かるよ」

「このような素晴らしいものを頂いても…」

「あぁ、それは」

「花様?」

「店に着てきて?とかじゃないし。私の気持ち、というか。プレゼントだから。今まで私に良くしてくれてるし。これからもよろしく、って気持ちもあるし」

「花様」

「花様!」

「店も引っ掻き回しちゃうしね。私と嶺臣からの気持ちでもある」

「わかりました」

「有難うございます」

「有難うございます」

じょうくんも、そういう事で」

「畏まりました、花様」

「七面倒臭いかっちゃん見せちゃったしね」

「みっともないものをお見せいたしまして」

「まぁ、でもかっちゃんはみっともない所含めてかっちゃんだからね」

「…恐れ入ります、花様」


穣くんが唇の端だけを上に上げるようにして、笑みを浮かべる。

三嶋翔に対して、こんな物言いができるのは私だけ。

それを改めて胸に落とし込んでいるのだろう。


「ただ、皆様」

「穣くん」

「花様のお心は品物ではないのです、ほんとうは」

「穣くん…」

「店の【名】。【格】。知ろうと思えば知れますでしょうし、品物の質、値など皆様方のほうがご慧眼。ですが」

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