かっちゃんは女将に向けて否定の声をあげるけれど。


「花様」

「お願いします」

「付き添いのかたのお茶のご用意も」

「…お願いね」

「畏まりました」


女将は、私としか会話をしない。

見もしない。

私以外の人間やその出自など無視するかのように。


私も女将のほうへ向き直していた身体をそのままに、


「鎚谷さん、かっちゃんの頭痛は…」

「…伊砂さんが頓服を持って来られるかと。あの方も慣れてらっしゃいますので」

「…そう」

「おい、穰。俺の意思は…」

「聞かなくていいよ」

「はい、花様」

「女将、申し訳ないんだけれど、そこの御姉様方を別室に」


言えば。


「はい。皆様、お待たせ致しました。当店の取りまとめをさせていただいております、九重ここのえ沙和さわと申します。驚かれているとは存じますが、花様のご指示のまま、まずは別室へとお移りください」


そこで初めて女達に挨拶をして。

顔色一つ変えずに、私達三人を残し、部屋を出ていってくれる。


「…ここね」


三人きりになったとき。私は声を優しげに戻す。


「花ちゃん」

「私達二人でしか来たことないの」

「……」

「隠しておきたい気はしたわ。……本当に私と嶺臣しか、知らないんだから」

「…花ち……」

「ママや女の子達の連絡やスケジュール合わせや諸々は穣くんに頼んだ。連れていきたい目的や意図を話してね」

「はい、花様」

「でも店を決めた時、嶺臣は言ったの。

“良いのか、花乃”」

「…っ……」

「私は正直に答えたわ。

“良くはないわ、私と嶺臣の隠れ家の、一番上だもの”」

「!!」

「“でも、【ローズ】は嶺臣のでしょ?

他に渡すなら餞別せんべつはいるわ?

かっちゃんは要らないだろうけれど。嶺臣っていう【上】からの餞別ケジメを拒否するほど彼は馬鹿じゃないでしょうし。

十七人も【下】の店から身を切らせて、なにもしないなら笑われるのは嶺臣よ”って」

「……花ちゃん」

「“これは余計なおせっかい。でも必要なおせっかいよ”

…苦笑いされたけどね、嶺臣には」


私以外の二人は、沈黙。


「これは私が決めたのよ。暫くは大人しくしなきゃいけない私が、決めたこと。私が何をしようとしても。嶺臣が赦したなら、あなた達に出来るのは一つでしょ?」

「……っ…」

「私が側に付けといったなら、あなたは私に付いて」


と、穣くんを見て。


「私がここで休んでいろといったなら、休むのよ。いちいちイヤだダメだなんて聞きたくないわ?

あなた、いつの間にか、自分の【立場】を、忘れているみたいね?三嶋翔・・・

あらがう言葉なんて言えた【立場】なの?随分と、偉くなったのねえ?」


ひゅっ、とかっちゃんが息を不自然に吸い込む。


彼は私が彼に投げた視線を、この日初めてまともに真正面に受け止めたからだ。

めったに出さない、声音こわね

朝に出した、さとすようなものではない。いつもの軽くなだめるようなそれでもない。


「穣くん」

「…はい、花様」

「あっちへ行くわ。時間を無駄にしたくないの」

「畏まりました。…それでは翔さん、行って参ります。こちらでお静かに」


私は穣くんに合図をして。

抱き上げてもらう。

この事に関しては嶺臣から許諾が出ているので心配はない。


かっちゃんの内心の葛藤は別にして。

私を抱き上げたまま、器用に開けられた襖は、


「閉めて」


という私の声で閉められる。


中に茫然とへたり込んだままの、三嶋翔を残して。

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