朝。

眼が覚めたらすぐにかけてきたらしい、慌てた電話。

鎚谷さんはその時、手配の微調整で私から話を聞いた嶺臣が私達の部屋に呼んでいたから。

私達と同じマンションの違う階に住むかっちゃんは一人で目覚めたのだ。


“俺、なんで…ここに…”

“穣くん呼んだのは覚えてる?”

“…あ……あいつ…俺を…”

“オトしてもらった。あとはよく眠れる鎮静剤オクスリ

“俺は猛獣かよ……”

“だったね、むしろ、それよりわるい。昨日の後半のかっちゃんは。私の言葉も覚えてないし。せっかく穣くんきてくれたのに噛みつくし”

“………”

“本当に今回は適正なやり方だったと思うし、私も【許した】。だから、絶対穣くんを叱らないでね”

“……花ちゃん…”

“叱ったの、分かったら二週間は口聞かないし。一ヶ月はカレーストック補充も要らない。これは嶺臣も納得ずみ”

“…そんなぁ…”

“穣くんを甘やかしてるわけではないです。

……ハッキリ言おうか、かっちゃん。かっちゃんあのまま起こしといたら、残そうとした五人もあそこで消えたよね。場もわきまえずに。結局、残らないという結果が同じだったにしろ、狂った判断だったわ”

“…それは……“

“……言い訳は聞くわ?”

“………”

“ヒートアップし過ぎ。完全に【ダメ】だった。だから、私が呼んだ。原因もとは私かも知れないからね”

“違う”

“違わない”

“違う!………っ…いてえ…”


何時間か前に交わした会話をそっと胸によみがえらせる。

今は呉服屋の客間の畳の上で痛む頭を抱えてうずくまる、本人を前になに食わぬ素振りで。


あの時。電話のこちら側で。

穣くんは何とも言えない、困っているような表情かおをして。

嶺臣は面白そうに、じょうくんを見ていた。

会話はスピーカーフォンにしているから、当然二人に聞こえている。


“柳澤さんから事情はかっちゃんがオチた後に聞いたけど。鎚谷さん、呼んでよかったと思った”

“花ちゃん”

“ちょっと私出かけるの。鎚谷さん、じゃなかった、穣くんと行ってくる。かっちゃんは休んでなさい”

“えっ!どこ…行くのっ…な、なんで…ゆたかと………!”

“おい、翔、てめえがポンコツで使い物にならねえから、鎚谷に頼むんだろうが、アホたれ”


嶺臣、言い過ぎ。


“嶺臣さん!酷え、俺、俺、ちゃんと…っ…。

確かに…取り乱したかも…しれないけど…それは…だって…花ちゃんが…花ちゃんのこと…!”


電話の向こうの声は、パニック寸前。

無理もない。


かっちゃんが、【乱れる】のは……。

出会ってから、彼が、そうなるのは……。


でも。


“アホたれが!花乃の面倒見させただけでコレか?そこらの寝床で寝小便たれてる仔犬でもマシな言い訳するわ、クソガキ!”


本当に、容赦がない。嶺臣。


“言いたいことあるなら、さっさと着替えて来いや!”


…これでも怒りのテンションは最低なんだよねえ、嶺臣。

ボルテージ上がってたら部屋でてって、かっちゃんの部屋行って、数日立ち上がれないくらいに叩き据えるくらいはする。無言無表情で。


それが分かっているから、穣くんも何も言わない。



数分もたたないうちに、かっちゃんはよろよろしながら、来て。


畳に手をついて。

置いていかないでくれ。

穰が行くなら俺も行く。どこかは聞かないし分かっても口に出さない。

だから今、俺だけ取り残さないで、と。


懇願してきた。


“私は翔さんの名代みょうだい(代わり)に行くんです。あなたの今の状態では動くのは無理です。花様に命じられておりますのであなたに昨夜したことを謝ることは出来ません。が、それが無くとも、無理です”

“嫌だ!俺だけ部屋にいるのは!だって花ちゃんは…”


……その時の彼は、いつもの三嶋翔ではなく、乱れきった、一人の男。



膠着こうちゃく状態になる、室内。


だけど。


“行くんなら、今度こそはお前のわがままでついていくんだから、花乃の言うことは絶対だ”

“嶺臣”

“…すまねえなあ、花乃。すまねえな、鎚谷。このアホたれ、無駄に馬鹿が振りきれてるからよ、野放しにしたら、ヘタにお前らのあと辿られたらウゼエだろ?”


…確かに。

大人しく部屋にいるとは思えないけど。

権力も配下も、いるだだっ子だからなあ。

今のかっちゃん。

…そっか。幾つもの次の算段を思いついているから、連れてけ、と。



分かった、とうなずいて。

連れてきたのだ。


女のひと達は、嶺臣の配下の人達が車で店まで案内。

私と鎚谷さんとかっちゃんを送ったのは北岡さん。

まだ駐車場の車の中で待機のはず。


鎚谷さんと、かっちゃんはこの呉服屋に来たことはない。

ここに来るときは、嶺臣が私をプライベートに着飾らせたいとき。和装、洋装。隠れ家のような超高級店。衛藤嶺臣はそういう店を私の為に選び、使う。


私よりもずっとずっと大人で。

可愛がりかたというものにこなれた、

憎たらしい…歳上の、最愛オトコ





「御布団を用意させましょう」


私とかっちゃんの会話が、私達にとっての言い争いになる前に。

女将が口を開いてくれた。


「女将」

「色々な方々がいらっしゃいますし、年齢、御体調様々でございますから。ご用意はございます。お気兼ねなく」

「そうね」

「…要らない。そんな…俺…」

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