ああ、そうか。


……可哀想に(笑)。

今回も彼女はまた…条件にあってしまったのか。


ある、条件に。

店とは関係ないけれど。


人をうらやみ、怨嗟えんさの声を上げ、おとしめ。


ヘイト(敵対心)をめ込み、ののしってしまった。


それも、私の事を。


私は別に構わないのだけれど。

瑶子ママとは親しいわけでなし。

どんなに罵倒されようが。

別にどうぞってかんじなのだが。


昨日の今日。


私が、私の事など何一つ知らぬ馬鹿者達に、けなされ、さげすまれ、追いかけ回されて傷をつけられた翌日に。


三嶋翔が最も聞きたくない言葉を。


言ってしまった。


「かっちゃんね、多分。めちゃくちゃ、我慢してたから。…私の怪我コレのことは軽く聞いてるだろうけど」

「はい」

「…はい」

「…別にね、私自身は私の責任でやらせてもらってる中での軽い事故みたいなもので…。気にはしてないの」

「………」

「………っ…」

「ただ、かっちゃんに限らず、私の回りの人って……【優しい】から。若い女のケガなんか幾らでも転がっている夜の街なのに」


私がわたしだというだけで。

優しさを…想いを向けてくれる。どんな思惑でも。


……でもそれは同じか。

私もまた、嶺臣が嶺臣だというだけで。


あの人を…求めるのだから。


「……ちょっと酷かったから、昨日。私がおもう何十倍も、かっちゃん、ズタズタにしたと思う。…本当に、本当にやさしいからね、かっちゃん」


呟く自分の声は、思ったよりも低い。


「私は優しくなかった」

「…花様」

「かっちゃんの心配を、受け取って上げなかった」

「花様…」

「受け取るわけにはいかなくても、振りぐらいすれば良いわよね。でも、私には出来ないし、する気もなかった。口に出して心配なんかされなくたって判る。…だけど、私は」


嶺臣の愛玩。


「……判りやすい言い訳が無くても、私は同じだったろうけど」


嶺臣にすらさらしはしない【甘え】を。

他が享受できる訳も無し──。


「…色々重なっちゃったのね。かっちゃんには後で謝るわ」


指先でグラスをもてあそぶ。


「あまり飲みすぎると叱られるからこれくらいにするわ。…柳澤」

「…はい、花様」

「私は、もう少し休むわ。ここで。…鎚谷、付き合ってくれる?」

「…喜んで」

「それでは」


私の言いたいことの先を読み、立ち上がる、柳澤さん。


「…色々と手配をして参ります」

「お願いね」



鎚谷さんと二人になると。


「…目が覚めるのは?」

「少なくとも、明日の朝かと」

「あら」

「…アルコール摂取前提ですからね。量の加減はしましたが、手負いの獣を押さえるなら初動が肝心ですから」

「…猛獣使いね」

「(笑)」

「…ごめんね」

「花様」

「仕方なかったけど。やらせていいことでもないわ」


少なくとも、自分の長たる人間に対して。


じょうくん」

「…花……さん」


鎚谷つちやゆたか

確かにそれが彼の本名ではあるのだが、私は彼の事を【じょう】と呼ぶ。

彼の名に使う漢字には音と訓で別の読み方がある。

私は音読みのほうで呼んでいるのだ。

理由は後日。


もちろん。

圧倒的に名字が多いけれど。

顔を合わせることが比較的多くはあるので(会わないときは会わないけれど)。


この呼び方をすると、百戦錬磨の筈の目の前の男があからさまに緊張するのが判るので頻繁には呼ばないが。


「穣くんはどこまで聞いてる?」

「………」

「今朝までの間に情報すり合わせはしたでしょ?昨日、私のところに駆けつけるときだって、穣くんには連絡しただろうし」

「……」

「…言いにくいか」


本人、目の前にしたらね。


「…ろくでなしどもに追いかけ回され、転倒されて、怪我を…。あと…頬を殴られて、髪を抜かれたのだ、と……」


かっちゃん。見事に物理だけしか伝えてないね。


「あとは?」

「…他は…自分の口からは言えない…、と。

聞くな、と…」

「そっか…」


かなりセンシティブな内容もあったもんなあ。

私を知ってる、大事にしてくれてるかっちゃんには刺激が強すぎたとは今更ながら思う。


私は穣くんを指先でちょいちょいと手招き、昨日の事を話せると自分で判断したところだけ、耳打ちする。


穣くん、絶句。


眼の色が変わり、私を改めて見ている彼をとがめはしない。

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