美貴ママまわりが五名、プラス残留九名。

足すことのラ・ルーナが十名に、リス・ブランが七名。

…三十一名か。


もとが三十五名だから誤差範囲。

ママ急病でオーナー采配の入れ替えならば。


どうにでもなるといえばなるなあ。

しかしながら、これだけの他店からの助っ人が入るなら本来の【ローズ】は今日で終了・・。コンセプトも変わるかも。ま、そのあたりは私が関知することじゃないけど。


新しいママが立つならば、変える、変わるはあって当然。


引き継ぐ形の美貴ママは先ほど“ご存分に”と言ったのだからオーナーやオーナー代行方針には絶対服従の意思は見えている。



「柳澤さん」

「はい、花様」

「変わると……ここの権限は、誰になる?」

「…そうですね、今回の場合は三嶋様になると思います。嶺臣様はもう、ローズへの興味をなくされていらっしゃいますし」

「“箱が残るなら、見舞い代わりにやれよ”」

「!」

「“お優しいあいつの心はズタズタだろうからよ”」

「………っ…」


私の言葉に、二人の男が息を飲む。

違う立場の男に仕える、二人の側近が。


有紗さんは黙ってテーブルの上で酒を作っている。


「嶺臣ならそう言ったはずよね?柳澤さん」

「………」

「……ああなっているのだから、外れてはいないわね、鎚谷さん」

「………っ…」

「あの人は気にしないわ?手持ちのペンダントのペンダントトップが外れて、違う鎖にぶら下がったところで」


他にもペンダントトップは有り余るほど持っているのだし。

動いた鎖の持ち主は自分の飼いごまなのだから。


もちろん、そこまでは言わない。


「花様」

「……有紗さん、ちょっと、美貴さんのところへ。もう少し話したら、そっちへ戻ると伝えて」

「分かりました、花さま」



…有紗さんが出ていくと。

私と側近達、三人になる。


「花様」

「……売り上げ最下位だったわね、【高級】の部類では」

「はい」

「変化はゆっくり、だけど降下はここ半年くらいで急に。……まあ、いいわ。引き時でしょ。かっちゃんは大変になるけど、嶺臣れおと半日ゆっくり出来るくらいにはなるかな」


有紗ママが作って行ってくれたブランデーのロックをそっと口に運ぶ。


リシャールだ。

美味しい。


「…ちょっと、言葉くずすね」

「花様」

「花様」

「楽にして」


少しだけ、でもわかるように、声を変える。


「トリガーは?柳澤やなざわ

「花様…」

「ここは一軒独立のだから。確かママ独自の個室に、手洗い、シャワー完備だったわね」

「…はい」

「かっちゃん、三嶋翔から、血の匂いが…爪以外、全くしなかった。ということはシャワーを使用したってことよね?」

「…その通りでございます、花様。あのままでは…」

「詳しくはいいわ。知りたくもない。生きるものは生き、そうでないものは消える。…夜のつねよ」


私は【知ってる】。


「理由なんて、あってもなくても」


私がこの部屋の中で最も若く、幼く、無知蒙昧むちもうまいに見えようとも。



柳澤さんが重い口を開いたのは数瞬後。


「……“私を退かせるときにすら、あの小娘を使うっていうの?私が初めてママになった時に、前のママに引き合わされた、良く磨き上げられた可愛いお姫様人形!”


瑶子ママはそう、おっしゃいました。


…私が翔さんのところに行ったときは、問い詰めてはいたけれど、まだママも女の子達もソファに座ってましたよ。対面で。翔さん一人とあの場のメンバーでしたがね」

「…そう」

「とはいっても、他のキャスト達は脅えきり、声も出せず。立っているベテランの黒服達ですら震えるほどの冷たいオーラが満ちてましたが」


さすがに、ママ五年の経験上の勇ましさか。


「“…うんざりだわ、茶番に付き合うのも。何が哀しくて同じオンナにお世辞言ったり尽くしたりしなきゃ……。私は気がついたのよ。いつの間にか、オーナー達の来なくなったこの店の中でね!”

半ば自棄やけになったように。

“私は偉いのよ”

“頑張ってきたのよ!やれるだけのことはしたわ!客が来なくなったのは私のせいじゃない!客の質の高さばかり言うアイツが邪魔なのよ”

“偉い私がどうして、あの美貴の馬鹿に頭を下げて”」


淡々と続ける柳澤さん。けれど。

そこに激情が無いわけでは、ない。


「“うちの店の子だったら、美貴と一緒に床に這いつくばらせて頭でも踏んでやるのに”

“オーナーのお手付きは良いわよね?気楽で甘やかされた愛人ミストレス

…直後に、翔さんに椅子ごと蹴り倒されてましたけど」


そこからはもう止めようのない地獄───。


そういえば瑶子さんは引き継ぎママだった、と思い出す。ちなみに前のママは新店開拓での昇格移動だったような…。

つまりもっとラグジュアリーな店に新ママとして移動。

瑶子さんは四番手くらいだったと嶺臣には聞いてる。

二番手までが前のママについて移動。それを機に三番手が寿退職。

で、彼女に声がかかった。

上の中くらいの売り上げで可もなく不可もなく。

愛され過ぎておらずヘイトを溜め込んでもいない。引き継ぎママとしては条件があっていた。


ある意味、条件があっていた【だけの】引き継ぎでしか、なかったオンナ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る