わざと立てたような足音と少し急いだようなノックの音。私は身を起こして整える。


「はい、どうぞ」

「失礼致します」

「げっ!ゆたかっ…なんで…?」


私は笑う。


「やっぱり…【入りすぎ】てて聞こえてなかったかあ。向こう、行こ?二人になろ?しか分からないかなって思ったけど。…お久しぶり、鎚谷さん」


入って来たのは、二メートル近い長身の美丈夫イケメン


いかつさというよりかは冷徹さが際立つ感じの、三嶋翔の直属側近だ。


「お久しぶりでございます。…四月よつきほどになりますか」

「会うときは会うのに、会わないときは会わないねえ」

「(笑)」

「(笑)」


なんて。のんびりほっこり。


だが。


「…なんで居んの?穰」


鋭いかっちゃんの声が耳を打ち。


「………」


返るは、沈黙。



「お前、今日、留守番日だろうがよ」

「…………」


…仕方ない。


「私が呼んだ」

「花ちゃん?」

「鎚谷さん、一般VIPルームは」

「…すでに綺麗に整え終わっております」


三嶋翔ならば何かをするなら、用意周到。

配下は上の指先一つで全てを動かす。

準備だろうが、【片付け】だろうが。


「花様」

「…うん、仕方ないね」

「その前に、お聞きしても」

「嶺臣の呼び方が変わってる。名字を呼び捨てで『さん』が取れてる。…記憶が飛び飛び。【眼が燃えてる】のが長い」

「それは……ご迷惑を」

「ううん」

「…おい、ゆたか。花ちゃんに何を」

「………。花様、目前、失礼致します」

「うん」

「おい」


私達から一メートルくらい離れた対面の位置に立っていた鎚谷さんがつかつかとこちらに来て。


ヒョイっと、かっちゃんの襟元に手を伸ばしたかと思ったら、もう片方の手で容赦なくかっちゃんの首筋に手刀を入れて。

意識沈下させる。


「ぐっ……う…っ……」


声もなく、かっちゃんは床へ伸びる。


「花様、横におなり下さいませ。クッションを戻します。お楽な体勢に」

「ありがと。…先にかっちゃん、車に乗せてきたら?同乗は?」

「佐野と飯塚でございます」

「なら、大丈夫。私はスマホで柳澤さん呼んどくから行ってきて」


手刀による気絶は実際の場合は数分がせいぜい。

技をかけたほうのテクニックにもよるけど、身体に影響ないようにかけてるだろうから。


念には念を?

鎚谷さんはスーツの内ポケットから手のひらより少し小さめの細長いプラスチックケースを何でもないようにスッと出し、中から女性の人差し指程の大きさの何か液体の入っている注射器を取り出して、かっちゃんのスーツの腕部分を上にずらし、袖口をまくり上げて、さっさと打ってしまう。


「…鎮静剤です。この人も喧嘩上等でやってきてるこの道の人間ですからね。自分で(意識が)戻る程度の手刀にはしましたが。はっきり言ってお伺いした限りでは、起きていられては邪魔なので」


鎚谷さんは注射キットを内ポケットにしまう。


「こんな物騒なもの、本来ほんらい、使いたくないんですが」


床に伸びて、少しうめきが戻る間もなく、すうっと寝入ってしまったかっちゃんを鎚谷さんは見下ろす。


「私の家の稼業かぎょうが、まさかこんなところで日々役立つ羽目はめになるとはね」

「…鎚谷さんの実家、代々のお医者さんだものね」

「外科のね」

「ちょっと、行ってきます。あと、花さま。花さま用の応急手当てセット持ってきましたから、お話の前に、治療を?」

「はーい」


げ、やぶ蛇……。


このイケメン、鎚谷つちやゆたか

実家が医者なら、自分も実は医師資格持ちというイレギュラーな経歴を持つ。


嶺臣に言わせると、なんであんなキレるやつが翔の配下なんだか、だそうだけど。


まあ、キレの意味が【鋭い】や【優秀】だけじゃないから、かっちゃんの側近なんだろうけど。






柳澤さんに連絡したら、すぐにきてくれた。

リス・ブランの有紗ありさママも一緒だったけど。


お互いにお久しぶりの挨拶をしたあと。


「あら、それで?翔さん、ナイナイされちゃったの?あら、まあ(笑)」


豪快に有紗ママは笑った。


確か、三十台後半で、瑶子ママとはそう年齢変わらないと思ったけど、貫禄が段違い。



「自分とこのオーナーさんには悪いけど、穰さんが相手じゃね。仕方ないわ」

「(笑)」


なんて雑談してたら、鎚谷さんが戻ってきて。

軽く治療された。

頭の部分に少し本格的な改めての消毒。化膿止めのクリーム。

頭へのガーゼは大袈裟だからと避けてもらい。

代わりに膝から膝下までの治療とガーゼはまかせた。パンツスタイルでも恥ずかしくなく、短い時間でケアしていくのは鎚谷さんの技量だ。


それから。


流れるように。

私と有紗さん、柳澤さん、鎚谷さんの四者会談に。


私はお邪魔かなって思ったけど。

三人がぜひ無理をしない程度にご参加をっていうから、一応今日かっちゃんとここにきた責任で話に加わる。


「…で。一応顔合わせはしたけども」

「どう」

「…私が着いた時には『説明』がようやく脳みそに回ってきてたみたいだけど。

…うん、アレは…【無理】」

「…やっぱり」


多分【無理】だろうとは思ったけれど。あの場で三嶋翔に粛清を宣告されなかっただけマシか。


どうせ、明日には消える泡沫うたかた


有紗ママはローテーブルの上のグラスを指先でつまみ、口に運んで。


「ブルームーン(カクテル言葉 : 無理な相談)。人様ひとさまのお店で飲むには乱暴ね。悔しいけど、うちのバーテンダーとは格が違うわ。美味しい」

芦原あしはらさんに言ったら喜ぶよ」

「後で会いに行こ♪。でもって、どうします」

「……」

「……」


男二人は黙考。


「代わりに七名くらいヘルプします?うちは割合、余剰よじょうがいるしね」


この店の人間じゃない私が相談されるのもおかしいと言えば。おかしいんだろうけど。


「…ん、それがいいかな。ラ・ルーナから十人来るけど大丈夫?」


答える私も私で。


「へっ?敦子あつこ姉様のところ?うわ、あそこ美女のかわかぶったメスゴリラ集団…じゃなかった…あら、ヤバい本音が(笑)。…うちの子達、あそこの子とは仲良いから平気よ。っていうか、ラ・ルーナのほうが店の格、年数的に上に当たるから。勉強になる」

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