少し、膝が、痛み。私は体勢を変える。


「リス・ブランは予約制じゃないし。ここのように超高級ってくくりはないし。会社の役つきさんが気軽に来れるくらいの高級さ。

そこで、お客さんの相手は半年くらいしなくていいから、行き帰り送迎付きで今もらってる日給の七十パーセント。…リス・ブラン既存キャストの補助…まあ、雑用だけど。個人につけるから貴女達五人に既存キャスト五人がつく。…美貴さん、この人達、住居は」

「五人ともクラブ専用寮でございます」

「ありがと。なら、かっちゃん」

「……オーケー。五人なら一人一部屋今ならいける」


……五人は口を半開きにして私を見ている。

なんだかモンスターでもみるかのような、眼で。


それはそうだろう。

噂で聞いている、オーナーの【オンナ】。


自分たちは会ったことも、見かけたことすらなく、ふれあえるのは選抜メンバーのみ。

店に来たのは数回。しかも別のドアから入って、立ち入り禁止の特別室へ。帰るときも同じ。


今は…何となくは正体・・を理解し、納得して入店はしているものの。

己のいつもはおおい隠しているだろう後ろ暗さをむき出しにしている男達から、あからさまな敬慕の眼差しでうやうやしくかしずかれている、眼の前の得体の知れぬ小娘───。


物騒な事に顔もしかめず、平然とつねの会話を交わし、笑顔すら浮かべて冷静に【現実】を語る。



うん、普通に【化け物】だろうなあ。



「悪い条件じゃ、ないはずだけど」

「………」

「個人での自由外出はしばらくは無理だけど。既存キャストと一緒なら大丈夫だろうし。…運が悪いけど、貴女達の中にもあっち側がいた以上。例え残った貴女達が自分たちを白といっても、言葉や行動をこちらが完全に信用するのは危険すぎるから、監視と教え直しは、仕方がないの」

「………っ……」

「………」

「大丈夫、生命の安全だけは今のところ、私からは保証するわ」


…今のところは。


女達の瞳が揺れる。

ほんとうだろうか。信用出来るのか。

安堵、不安、疑心暗鬼、脅え。


口をきけないのか、口をきかないのか。


どちらにしても沈黙が有利とは思えない状況、はっきり言えばこれからの一かぜろかがかかっているのに、誰一人声を挙げないのは。

怯懦きょうだか、微かな反発心か。

突然自分たちに進退を迫る人間への、少なからずの憎悪か。…憎しみなんて、覚えるのは数秒で事足りるのだから。


なおいっそう冷え冷えとし始めた部屋の中で。


私に向ける女達の視線を、三嶋翔はじっと見ている。

感情ごと観察してる。


「…確か、全員独身で【身軽】。ま、場末だろうが、高級だろうが、こんなところに流れ着く女の来歴なんぞ、いちいち気にはしないが。

俺も衛藤・・もな」


かっちゃん?


「随分と、寡黙かもくだな?花ちゃんにここまで説明させて…」


あ、……さりげなくヤバイ。

私は北岡さんに声をかける。


「…北岡さん」

「はい、何でしょうか、花様」

「ごめん、悪いんだけど、鎚谷つちやさんに連絡して。…リス・ブランの有紗ママも、出来れば呼んでくれるかな?」

「…畏まりました、外で連絡をとって参ります」

「…美貴さん、悪いんだけど、もう一つ部屋貸して?隣がいいな」

「すぐに整えて参ります」


北岡さんと美貴さんが抜けてゆく。


「…柳澤さん、私とかっちゃん、ちょっと隣に抜けるから。五人に改めて、分かりやすく、優しく、丁寧に、説明して?」


言えば。柳澤さんは惜しげなく私に頭を下げて。


「御意のままに」

「【他の四人】は、申し訳ないんだけど、美貴さん、いえ、美貴ママが隣から戻ったら、そのまま、側について」

「はい、花様」

「はい」

「はい」

「畏まりました」

「……鎚谷さんが来たら、隣に、まっすぐ、ね」


隣に整えてもらった部屋に私とかっちゃんで入り。美貴さんには部屋に戻ってもらい。

三十分は入室、接近の禁止…いわゆる、人払いをしてしまうと。




「かっちゃん、下ろして?」

「……」

「かっちゃん」

「……うん」


こちらに運ぶのにいわゆる、お姫様抱っこのような横抱きをしてくれていたかっちゃんがクッションが沢山おかれたソファにそっと私をおろす。


「……横にすわって。クッションどけていいから。膝枕して?かっちゃん」

「花ちゃん」


膝枕をしてもらうと。かっちゃんは私の顔を見下ろして瞳だけを揺らす。


「………瑶子さん達は」


見上げながら言えば。


「【特別客専用】じゃないほうの、VIPルームでお話したよ?あれからすぐ。あそこも…完全防音だ。一応」

「…目がまだ【えてる】。あの女の子達七人、呼んだのは失敗だったね」

「いや、あれは、助かった。………取りこぼさなくてすんだ」

「……ママ達がどうなったかなんて、私には関係ないけど。かっちゃんが大変そうなのは、嫌」

「ありがと。優しい、花ちゃん」



私は下から指先を伸ばし、かっちゃんの頬をそっと撫でる。


「…ぶん殴られちまうよ」


小さく呟く声は、くらい。


「しないよ。嶺臣は」

「…………」

「昨日みたいに私が何か「された」ことなら、嶺臣は怒るけど。私が好きで「してる」ことなら嶺臣は怒らないよ」



あの人ならば。

お前は面倒な愛玩オンナだと、苦笑にがわらう。きっと。


「だいたい、ここで休憩させろって言ったの、嶺臣じゃない?はっきり名前は言わないだろうけど、ケイちゃんの店から一番近いのここだよね?見知りがある程度いて。

私が【来て休んでもおかしくない店】」

「花ちゃん…」

「二人の考えることは私は【知らない】」


と、言ったところで。

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