私が言った途端。
指摘した二人の肩がビクッと揺れる。
「伏し目がちは分かるけど目が泳ぎすぎ。指先が細かく震えてる。二人だけ」
「…っ」
「…そんな」
「美貴さんが『はい』じゃなく、『…そうですね』だったし。…どちらにも振れる振り子なら、ここには必要ない」
「…美貴、ルーナからあと五人入れることにする。北岡、花ちゃんが言った二人を連れ出せ」
「承知」
「…い、いや…っ…」
「離し…離してっ……」
呆然とするあとの五名を残して、二人が連れ出されてゆく。
「……あとの五名に聞く。オーナー代行の三嶋だ」
一応、名乗るかっちゃんの声は低い。
いくら高級クラブのキャストになっていても、並~上クラスぐらいのキャストでは彼が姿を見せることはほぼない。しかも嶺臣の店ならば。三嶋翔の立場なら、スマホで指先一つ、指示だしすれば終わる。
はっきり言ってしまえば、普段は柳澤さんがしている作業なのだ。
一年半も来ていない店など、本来は三嶋翔の意識外だ。
まあ、色々思惑あって、事のついでに大きな粛清を入れることにはなったけれど。
知らないかもしれないキャストの為の名乗り。
「…この時点で店を辞めたい者は?」
………。誰も答えない。
「辞職を考えていないということか、それとも、急な事態で動揺または怯えがあって言い出せないか。…美貴」
「はい」
「……現在、所属人数は三十五名だな」
「はい、三嶋さま」
「あと、十五名か。…使えるやつは何人いる」
「九名ほどか、と」
「六名ダメか。…理由は」
「本日非番の者の中に古参が二名。瑶子さん過激派です。あとはその二人の取り巻きが二名。
あとの二名は技能、性格的にこの際、切り捨てておいたほうが、店のためです」
「…なるほど。理路整然としている。新しい体制の長としては、合格だ」
「…有り難うございます」
「この五名は?返答がないようだから」
「忌憚なく、申し上げますならば。私の体制のもと、このまま継続雇用するならば、不可。…他店再教育後ならば、ギリギリ可…ですね。ごめんね、申し訳ないのだけれど、貴女がたの同僚としての意見ではなく、新たに契約させていただく【ママ】、店の営業、雇用権利の一端を預けていただく側としての率直な『報告』ですので」
すると。
「【再教育】って……何?」
「どういう……」
少し、落ち着いてきたらしく、五人が座る場所から、声が上がる。
「もし、ここで働くなら。一端、瑶子ママが教え込んできたやり方、クセ、考え方を全部リセット。オーナーが他店のみならずこの店にも確かに周知教育させたはずの店内ルール、マニュアルに立ち返り、コンセプトに沿った経営が立ちゆくように、君たちの考えかたを変えてもらう。立ち居振舞い、全てを」
「!」
「…君たちが悪いわけではない。まあ、二人ほど【混じって】はいたが。顔ぶれを見ても長くて三年半、二年とちょっと組だろう」
「…美貴さん」
「あら、どうなさいました、花様」
「オレンジジュース欲しい」
「…流華ちゃん、芦原さんに」
「はいっ、いってきます。花さん、前に教えていただいたように、氷なしでよろしいですか?」
「うん。ありがとう、流華ちゃん」
かっちゃんの言葉に平行して交わされる、私と美貴さんの会話。
流華ちゃんの素早い行動。
それを見る、女達。
私は彼女達に視線を流す。
「…かっちゃん」
「花ちゃん」
「少し、代わる」
「…どうぞ、花ちゃん」
かっちゃん、美貴さんが少しハラハラしているようだけれど。
「lis blanc(リス・ブラン。仏語で白百合)が良いと思う。かっちゃんの店のなかではランク的に真ん中だけど。…あまり上位だと辛いし。この人達の様子なら、大丈夫じゃないかな」
そうは言いながら、さり気なく、観察をする。
分からないように。
「リス・ブラン?…確かに。あそこは体制的には順当かなあ。甘すぎず、きつすぎず」
「…ごめんね?ソファに寝っ転がった【噂の】若い女に決められるのは不本意だろうけれど。…嶺臣の店から普通に辞めるのは、まあ、仕方ないし。出来るんだけど。今日みたいな場合。それが巻き込み事故みたいな感じでも、機密が入るんで、かっちゃんは“辞めたいひといるか?”って聞いたけど。
本当は、貴女達に辞めるって選択肢は…無いの。…あ、流華ちゃん、オレンジジュース有り難う」
私は、オレンジジュースをトレイに乗せて戻ってきた流華ちゃんにお礼を言ってグラスを受け取り、一口飲む。
美味しいな。
一度言っただけなのに、流華ちゃん、ずっと覚えてくれてる。嬉しい。
私も、見習おう、なんて。思ったりして。
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