柳澤さんが部屋を出て行くと。
私は。
「美貴さん?……着物って何枚持ってる?」
「…今は自前のつけ下げが五枚ほど、訪問着は二枚です」
「…そう」
つけ下げ、というのは訪問着(分かりやすく言えば絵柄が繋がるように描かれて縫われている、華やかでフォーマルなものをさすことが多い、女性用の格の高い着物)に準じるが、訪問着よりは絵柄が控えめで、少ない。
格は二番目だが、使い回しがきく。
クラブのママは訪問着かつけ下げが多い。
私は会話の意図はうやむやにおしゃべりを続ける。
「私はね、まだ着物を【作る】のも【着る】のも早いって。…嶺臣がドレス好きなだけかも知れないけど」
「あら♪」
「お前には、愛嬌はあるが、経験と貫禄はこれからもいいところ。それに何よりお前には圧倒的に【腰が足らない】って(笑)」
失礼しちゃう。
わざとむくれてみせる私の言葉に美貴さんは少し眼を見開くようにしながら優しく微笑んでくれる。
「嶺臣様ったら、…なんて辛口。…でも、お仲がよろしくて羨ましいですわ」
私が着物をアクセサリーにする日はきても。
着物が仕事着になる日が来ることは、永劫、ないだろう。
わかっている。それは美貴さんも充分に。
だから、私も微笑み返す。
「(笑)。…あ、ギムレット、美味しい。やっぱり芦原さん、上手い」
「喜びますよ」
美貴さんは笑みを深くしながら、言葉を継ぐ。
「何よりもの言葉ですからね」
「そうかなあ」
「ええ」
ほっこりした会話。
けれども私と彼女の瞳は笑わず。
言葉を重ねるほどに冷えてゆく【場】。
「…花ちゃん、戻った」
「かっちゃん、遅い」
「…ごめんね、ちょっと七面倒くさかった」
そこに、柳澤さんと一緒に戻ってくる、かっちゃん。疲れたのだろう、こめかみを軽く指で揉みながら。
「待たせたね、みんな。悪かった。柳澤も」
「…いえ、私は花さんのご指示通りに動かせて頂いただけですので」
「ありがとう、花ちゃん」
「…ありがとう、柳澤さん。お疲れ様、かっちゃん」
「花さん、私、お酒ご用意して参ります」
「彩矢ちゃん、ありがとね、お願い。気をつけて」
「はい」
今度は彩矢ちゃんが慌ただしげに部屋を出てゆく。
「何、なんか頼んでくれた?」
「うん」
「サンキュ♪喉、結構カラカラ」
私の答えに笑みを浮かべてみせる三嶋翔。
「美貴、花ちゃん、変わりは?」
かっちゃんは美貴さんに聞く。
離れている束の間、それもこれだけ、ケアとガードをしておいて。
本当に過保護だよ、かっちゃん。
美貴さんは、薄く微笑み。
「今のところは。おくつろぎ頂けているようで…」
「完璧だよ、身体全然痛くないし。クッション、気持ちいい」
「…良かった。有り難う」
「もったいない。…どうぞ花さんのお近くにお座り下さいませ」
「ああ」
かっちゃんはクッションに身を預ける私の隣にそっと座る。
数分もしないうちに彩矢ちゃんが戻ってくる。
かっちゃんの前のテーブルに、そっと置かれるカクテルは。
「…フォーリーン・エンジェルでございます」
「え…?花ちゃんは?」
「…ギムレット」
「…………」
かっちゃんは数秒、目の前の酒を見つめる。
表情は、無い。
少し骨張った、でも、形の良い指先がグラスを取り上げ、口に運ぶ。
「ジンが…強いな」
「クレーム・ド・ミント(ホワイトミントリキュール)は少なめでって頼んだ」
「花ちゃん」
「逆に私はコーディアル・ライムを強めで」
「………」
もう一口、口に含んで。飲み下し。
かっちゃんはふっ、と息を吐いて。
不意に笑い出す。
「…お見通しかあ」
「ん」
「……彩矢」
「はい」
「………美貴にセレブレーション、それ以外のこの部屋の『華』にネバダを。もちろん、自分の分もな。座る間もなく用立てしてわるいが」
「…いえ。
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