案内されたVIPルームは。

いわゆる、特別枠、という意味でのそれではなかった。


一般非公開、という意味での特別な部屋。

【普通】の客が使用することは決してなく、立ち入ることもできない、部屋。


そう言えば、通じるか。


そこで待っていたのは。

三人の女と、二人の男。


「花さん」

「花さん、お久しぶりです」

「花さん、…おかえりなさい」


上から、順恵さん、多英さん、美貴さん。


そして。


「お疲れ様です。花さん」

「お疲れ様です、花さん。…衛藤は本日来れませんが、楽しんでくるように、と。本日は私、柳澤やなざわ竹岡たけおかがお相手致します」

「…こんばんは、柳澤さん、ありがとう、竹岡さん」

「光栄でございます、花さん」


二人の男のひとは。

嶺臣直属の配下。


私が怪我をしたときの伊砂いささんと柏崎かしわざきさんは彼らとはまた、立場が違う。


かっちゃんが私を一人で先に部屋へ行かせたのは、嶺臣が自分の配下をこっちに必ず寄越すだろう事を見越してたから。


で、多分。裏口から入ってるから。玄関に人が集まったタイミングで。

ママ達はまだ知らないだろう。


その割に、席に着いているテーブルの彼らの前には、ボトルとグラスセット。多分、二杯目?


…野暮なことは言わぬが一番。



「美貴さん」

「はい」

「流華ちゃんと彩矢ちゃん、このまま付けても?」

「どうぞどうぞ。良かったわね、二人とも」

「はい」

「はい」

「さ、何飲まれます?」

「…ギムレット」

「………ライムジュースは?」

「コーディアル・ライムで。ジンは少し強め」

「ショート(ショートグラス、いわゆる皆がよく想像するカクテルグラス)ですけれど、よろしい?」

「…今日振るのは?」

芦原あしはらでございます」

「んー、じゃ、大丈夫。このまま通して。…あとやっぱり濃いめでフォーリーン・エンジェル。こっちはジンが多め、ホワイトミントリキュールはこころもち少なく」

「それは三嶋様に」

「うん」

「…流華ちゃん、ギムレットとフォーリーン・エンジェル、花さんのお望みのレシピで」

「畏まりました」


ちなみに、私は部屋に入って柳澤さんの挨拶を受ける前にはもうソファに座らされていたので、美貴さんとの会話は自分の回りに集まってくる柔らかすぎないクッションにうずもれかけながらになった。

まだ、少し身体は痛いので、楽。


「ごめんね?コーディアル・ライムよりフレッシュライムのほうが、【今レシピ】でしょ」


私の頼んだギムレット。

ジンとライムジュースのカクテル(ショート)。


「いえ、さすがは花さん」

「…素人らしくないたのみかただね(笑)」


ギムレットはカクテルの中では知るひとぞ知る名の売れたカクテルだけど。


作り方は何種類か。

ドライジンとフレッシュ(生の果実)ライムを絞って砂糖なりシロップなりを加えてシェイクするやり方と、

コーディアル・ライムと呼ばれるライムジュース(というか、ライムのシロップ)を加えてシェイクするやり方。


現在は圧倒的に前者が主流。


何が違う?

まずは、色。

フレッシュライムのほうは出来上がりが半透明の乳白色。

コーディアル・ライムのほうは半透明のグリーンに近い色。

ライムシロップが反映した色になる。

あとは、甘さ。


フレッシュライムのほうは想像できるとして、コーディアル・ライムのほうはレシピの規定量から多めにするとシロップなので甘さが増す。

一般的にギムレットで人が想像する甘さとは違ってくるのだ。


私はコーディアルを多めにしたので、甘い。

でも、今日はシェイカーを振るバーテンダーさんがベテランで何回も作ってもらっているので、おそらく【甘過ぎ】はしないだろう。


美貴さんと私の会話は客とキャストのそれというよりも業務用っぽくて、内心笑う。


「私くらいの年で、女で、ギムレット。しかもコーディアル・ライム注文ってマニアック(笑)。…でも、好きなカクテルの一つだしね」


サファイア色のストールはまだ私を包んでいる。

ブランケット代わりにもなりそうだ。


「私は大歓迎♪飲みたいものを飲まれるのが一番ですし」


美貴さんは微笑む。


「ねえ、彩矢ちゃん?」

「美貴さんのおっしゃる通り」


そこに流華ちゃんが戻ってくる。


「お先にギムレットだけ。おつまみはチーズ盛り合わせで」


お盆に私のカクテルとおつまみの皿をのせて。

本来、こういう事は黒服の領分なのだが、この部屋の特殊性と、彼女のサービスなのだろう。


「かっちゃん、遅いね?流華ちゃん、ありがと♪流華ちゃんも座って?」

「ありがとうございます♪」

「花さん」

「ん?なぁに?柳澤さん?」

「見て参りますか?」

「んー、お願いしようかなあ……。ちょっとね。いつもなら良いんだけど」

「…はい」

「今日はさ、【いつも】じゃないから」


柳澤さんのほうに視線を流し、合わせると。

彼は一瞬で理解し、頷き。


「…行って参ります。竹岡、後を頼む、なるべく早く戻る」

「承知致しました」

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