その日の夕方。


私はかっちゃんとある場所に来ていた。



衛藤えとう嶺臣れおの持ち店の一つ。

【Maze Of Roses】───。


黒一色の外装。

いっそ素っ気ないほどのシンプルさ。


けれど予約を取るにも紹介者がいる程の超高級な【店】。


「久しぶりだよね、ここにきたの」

「ああ、俺もここには久しぶりだな」

「一年半はきてないな、私」

「うっわ…一年半は…【夜】じゃ、長いな」

「本当(笑)」


駐車場に車が滑り込み、定位置に止まり。

かっちゃんは私をエスコートして車外に。

夜風から、私を庇うようにして立ちながら、然り気無い会話は続く。

あれからエステ室に行って。

予想通り叫ばれたけど。頬の赤みは朝までには取れていたが、通常の肌状態ではないし。打たれたほうの頬の下、切れた唇周りの処理とか。

大変そうだった。

でもそのお陰で見ため的には『うわっ!何、あれ?』な感じではなくなったけど。


「寒くない?」

「平気。ありがと」


気遣いにありがとうをいってから。


「ママには?」

「もちろん、連絡してあるよ?花ちゃんがエステしている間にばっちり。瑶子ようこママには悲鳴あげられたけど、軽く。準備あるから当日連絡止めて下さいよ!って(笑)。早くて三日前か普通一週間はみろって前言いませんでしたか?忘れましたか?ああー!どうしよう!って(笑)。普通通りで良いよって言っといたけど」


五年、ママやらせてる割には落ち着きがないよね、肝も座ってないし。…応用力が足りないよ。

口を歪めて、苦笑いする、三嶋翔。

だから。


「…かっちゃん、意地悪な顔(笑)」

「そう?」

「楽しんでるでしょ」

「内緒♪♪」


言ってから、かっちゃんは話題を変える。


「パンツスタイルでよかったね。凄く可愛いし」

「カジュアル過ぎない?」

「一応オフィスカジュアルだけど可愛すぎない格好よいやつにしたからね」

「んー、ここ、高級だからさあ?」

「いや、花ちゃんがそれいう?嶺臣さん聞いたら腹抱えて笑うわ」

「(笑)」


歩きながら雑談続けつつ、店の入り口に向かう。


「なんか、女の子が入れ替え四、五人くらいあって。まあ、花ちゃんにつくのは【ロイヤル】の上から三番目までだから、上中下が抜けても関係ないっちゃ無いんだけど」

「(笑)。…私の知ってるロイヤルって。美貴みきさん、多英たえさん、順恵よしえさん…だったっけ?」

「…恐ろしい記憶力♪」

「抜けたの、四、五人かあ」


一年半のうちに高級店で四、五人。

多くはないけど少なくもない。

三名超えると、店は警戒モード入るけど。

…………。


「ああ。一気に、って訳じゃなく。ポツポツとね。理由はさまざま、だけど建前は夜卒」

「“夜から洗う(足を洗う。つまり辞める)から”、なんて大前提言ったって、【引き抜き】だね。…間違いなく」

「花ちゃん♪」

「結婚、転職、親の世話…全部ひっくるめて夜卒したいなら、引き抜きじゃないですよーって理由なんて、【洗うから】しかないし。…でもさ」

「花ちゃん」

「…抜くためには理由も証拠も【雑に安っぽく、でも完璧に】捏造なんて、やるのは当然なんだよね」

「…まあね。まあ、困らないから良いんだけど、ウザくはあるなあ。嶺臣さんは【ほっとけ】しか言わないし。…俺もめったに来ないから、ほっといても全然大丈夫だけど」

「…気にはなると」

「…うん。だってさぁ…抜かれたあとに花植えたって」

「どんな華かも判らないし。嶺臣は、そういうところ、意地悪だしね、かっちゃんよりもずっと」


ポツリポツリ、二人、会話する。

いつもはふわふわと話すけれども。


今は。


かっちゃんよりも【三嶋翔】に話している、感じ。

そして彼も。【花ちゃん】ではなく【花乃】に話してるんだろう。


彼はそれを赦されている。


時と場合を選んで。



「…あ、瑶子ママ」

「花さーん」


声は歓迎一色だったが。

かっちゃんはゆっくり、眼を細める。


「お出迎え、多いなあ」


ぼそり、呟くから。


「別にいいよ、かっちゃん、一緒にいるし」

「…ありがと♪」


玄関が見えてきて。

入り口にたつ数人の女性と、黒服。


とはいえ、

女性達はぜいを凝らした夜の華。

黒服と言ったところで、彼らもまた、ベテラン勢。


店のある場所は繁華街からは離れていて、周りを丈高いグリーンで囲み、内庭もしつらえられていて秘匿性ひとくせいには配慮されているし。騒音に敏感な住宅街も回りには無いので、客の迎えには割合と出てくるのだが。


玄関廻りに彼らが出るのは、やはり【普通】ではないのだろう。


だけれど。私たちにとっての【普通】でないのは。

ママ、ちいママ、フロアリーダーという三役さんやくの後ろ。

かたまる複数の【キャスト】達。五人か。

…人数合うなあ。


かっちゃんの声が、少し変わる。


「瑶子さん、俺さあ。普通にして?って言わなかったっけ?」

「ごめんなさい、三嶋さん。お迎えしたいって、空いてる子達が、出てきちゃって…」

「あのさあ…『出てきちゃって』、って。

…それってキャスト教育、どうなってるの。自分はキャストコントロール出来てないですって自白?」

「え?、あ……」

「出てこれるなら【付き客】無しだな。ノーマルシフトでキャスト五人も余らせる管理ならそれも問題だし。どういうこと」

「……っ…」

「……答えろよ?」


変わる声が、分かる程に冷えてゆき、ママの顔色がみるみる色を無くす。きつい詰め方。

だが、こちらから言うなら。

嶺臣が来るわけじゃないから、対応に気を抜いていたのかもしれないが。失礼な話だ。

嶺臣が来るならば絶対にしないさせないことを三嶋翔と白雪花乃にするならば。

随分と下に見られている。


「三嶋様!誠に申し訳ございません!私の不備でございます。ママはご準備に余念がなく……」

「…言い訳かよ。それに俺だけ?」


入るフォローに、小さく、かっちゃんは吐き捨てる。


「花ちゃんに謝罪は?俺より先だろ?

花ちゃんはオーナーの【お知り合い】だぞ?

『誠に申し訳ございません、花様!』を言ってから、俺だろうがよ!

が高いんだよ、頭が!」


…意地悪だよ(笑)。


「……大変、申し訳ございません!花様!」

「誠に申し訳ございません!花様!」


あわてて取ってつけたように、頭を下げだすママと、黒服の中では一番偉い、…確か…【平野さん】の更に更に低くなる姿勢。


後の女の子達は、あ、ロイヤルの三人はいない。

中で待ってくれてるのかな?


「いらっしゃいませ、三嶋様」

「いらっしゃいませ」


トップへの叱責も見なかったように無駄に華やかな声を女性達は響かせるが。

それは私の知らない、声だけだ。

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