翌日、午後───。
訪れたサロン、【farfalla blu】(ファルファッラ・ブルー:青い蝶)。
「…よくこんな酷いこと、出来ますよ。傷害事件もいいとこでしょ?…理解はしますけど、うちに来る前にお医者さん、行って欲しい、ホントは」
私の担当、オーナーのケイさんの深いため息。
「何とかしますけど。花さん、どうしたいとかは」
「…ちょっと印象変えたいんでホントはパーマ…」
「うーん、頭皮のこの状態じゃ無理」
「…だよね」
「本当に万死」
「…ケイちゃん、口、悪い(笑)」
「私、花さん至上主義ですもん」
「ありがと」
「…長さは?どうします?今、肩甲骨の下辺りだけど」
「肩にかかるくらい」
「結構短くなる感じだけど。今から比べると」
「大丈夫。シャギーとレイヤー、適当に混ぜて。
ケイちゃん上手いから」
毛先を削ぐように量を減らし細くカットするのがシャギー、髪の毛に段をつけるように長さを短くしていくカットがレイヤー。
今の私の髪の状態だと、加工は難しいから。
「ん、分かった。印象変えたいんだもんね。綺麗にしたげる。…ところであの待合室で雑誌逆さに読んでるお兄さんと今日はきてないダーリンには了解済み?」
「プッ(笑)」
言われて鏡のなかのかっちゃんを伺うと、確かに本が逆さまだ。
「名前呼んであげて?」
「いや、かえって恥ずかしいでしょ(笑)」
「(笑)」
「…とりあえずはやっちゃおうか。エステの子達も待機してるし。髪終わったら、そっちと肌状態の調整なんかの相談もしなきゃ」
「…任せる。大丈夫、嶺臣には言ってある。かっちゃんは平気」
「了解」
ケイちゃんはもう一度、深く、ため息。
「額から頭頂に向かって五センチくらい入ったところ、つまり無造作に掴んで引いた感じのところが赤くなってるわ、ぶつぶつ切れてるわ、何とか他から髪もってきて綺麗に整えてはみるけど……。花さん、できれば。お仕事するなら一ヶ月は見て」
「ん~。一ヶ月…で何とかなる?」
「ギリギリ」
「ホントは?」
「二ヶ月は休んでほしい」
「…ケイちゃん」
「休んでも大丈夫なんでしょ?」
「…まあね」
その、さじ加減は私が握ってる。
というよりも私のまわりは私が積極的に働くのは
「花さん」
「はい」
「怖い思いってのはね、慣れるものじゃないんだ。
「…ありがと、ケイちゃん。…考えてみる。これで三人目だし」
「?」
「…かっちゃん、嶺臣、ケイちゃん。心配してくれて言ってくれたの、三人目」
私の髪を手際よく整え始めていたケイちゃんの手が止まる。
「花さん」
「私がこうなった時、嶺臣もかっちゃんもサロンの皆が心配するってずっと言ってた。私も会ってみたらやっぱりケイちゃんに一番心配させた気がするから」
「……」
髪、肌、爪。
女性にとって、この三つは信頼をおかなければ全面的には任せない(若い男性などは同じ考えの人もいるかもしれないが)。
「優しいよ、花さん」
ケイちゃんはちょっとだけ泣きそうな、表情を浮かべてすぐにそれを消してくれる。
「優しくないよ。…そう見えるだけ。ずるいから」
「大変だね(笑)。三嶋さんと衛藤さん。可愛い姫が無自覚で(苦笑)」
「それはいつも嘆いてる、二人とも(笑)」
「(笑)。ちょっとだけ顎を引くような感じで下向いて?」
「ん」
「ありがとう。でもさ、不幸中の幸いなのは、花さん、元々の毛量がある人だから、カバーが今回は可能なところだね」
「いつも綺麗に可愛くコントロールとケアしてくれて有り難う」
「…うっ…。花さん、それはずる…」
「(笑)」
…やっぱりプロは凄い。
【雑談】しながらも、ストレスなく
思った以上に良い感じだ。
まあ、ケイちゃんは全国でも必ずベスト・テンには入る美容師さんだから、私みたいな小娘の発言は生意気だけど。
「さてと、これでヘアは終了」
一時間足らずでカットとケアは完了して。
鏡の中には肩にかかるくらいの長さになり、軽めのヘアスタイルになった私が写っている。
「多分エステ班からはまた悲鳴聞こえるだろうけど。部屋までエスコートしますよ、お姫様」
「…ありがと。可愛くなった。印象が変わった♪軽めも良いな♪」
「……ありがと。それじゃ三嶋さん、花さん、エステ室ご案内します。一応フォト撮るんで、後でデータそちらに送ります」
ケイちゃんは私を促して立たせて。
待合室のかっちゃんに声をかける。
「お願いします。…うわ、可愛い」
「…安定の姫ラブですね♪」
かっちゃん、意識してた割にはあんまりこっち、みないようにしてたの、分かってた。
【耳】はこっち寄せしてたけど、あれは多分習性。
「…面目ない」
「傷のケアはしやすいように工夫はしました。あとはかなり花さん基準では短めの髪なんで印象は変わってますが、基本テイストは変えてませんので」
「…はい、良かったね、花ちゃん」
「ん。行ってくる」
「エステの人に着替え預けてあるから。終わったらそっち着て?」
「…分かった」
「露出少なめのパンツスタイル。ちょっと花ちゃんにはボーイッシュかも しれないけど」
多分、怪我とかいろいろ考慮してくれてのコーディネートだろう。
「行ってくる。もうちょい待ってて、かっちゃん。…ケイちゃん、行こう」
「待ってる。お願いします」
「はい」
長丁場をさっしたのか、ソファにかけ直したかっちゃんの手にある雑誌は、もう逆方向ではなくなっていた。
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