かっちゃんは低い声のまま、続ける。


「骸骨の指輪、左利き。そいつ、多分……黒鳳の中ぐらいなんてもんじゃない、上位メンバーだ」

「そっか、やっぱり」

「…やっぱり?」

「だって、『違った』から。…周りの態度とかそんな小さなことじゃなくて」

「……花ちゃん」



なんとなく気づいてたことを口にしたらかっちゃんの眼が鋭くなる。


「威圧感もないし、声も荒げなかったし。なんなら居た数時間の間、ずっと穏やかだったけど」


新人の中でも一番注目株らしい私を躍起になって側につけようとする店長を退けて。馴染みのひとを側に置いて。視線すら寄越さずに。


でも一瞬も、私から意識を離さなかった。


全部、【見てた】。


オトコ達への接客、立ち居振舞い。

仕草。


そして──私は。


何もせずにただ、そこに【居た】。


それで、充分だったのだ。



「名前は?」

「………」

「かっちゃん…知ってるでしょ?……そんな顔してる」

「してない…よ…」

「急に言ったからね。…隠せてないよ、かっちゃん」


私の事になると、かっちゃんはいつもより少し弱くなる。それを自覚してる私はだいぶ、ワルい、オンナ。



「……松澤まつざわ瑠威るい。黒鳳の……ナンバー・スリー」

「へえ」



納得。

自分の名を呼ばせることは決してしなかったあの男。

でも場に君臨して当然。

そんなオーラがあった。



そしてそれはもちろん。


目の前の三嶋翔にも、言うに及ばず衛藤嶺臣にもあるのだけれど。


欲目ではなく、比較対象外、というか。


空気の色の濃ささえ、変える圧倒的な威勢と、覇気。


言い過ぎだろうか。


「……随分、違う」

「…花ちゃん?」

「かっちゃんのほうが格好いい」

「……っ…」


無邪気に笑って見せる。


私の一言で面白いように動揺してみせる、男の前で。


「花ちゃんさあ、そう言うこと、今言う?」

「…言いたいことは言いたい時に言わないと腐る。って嶺臣に言ったら、『お前はつくづく変わった女だよ』って。…わかんないけど、笑ってたから怒られてはない」

「花ちゃん」

「でも、俺は退屈が嫌いだからお前はそのままでいいし、翔はぶっ飛んでるお前でも可愛いだろうからな?って」

「…畜生、正解だよ、嶺臣さん」


悔しそうに呟く、かっちゃん。


「だって、あのひとは気持ち悪かった」

「花ちゃん?」

「平静を装おって【上】ぶってたけど【違う】。全部」

「…花ちゃん……」

「本気で、かっちゃんがブンッ!!ってすれば吹っ飛ぶ?感じ?」


野球全然分かんないけど、ホームラン打つような感じで腕を後ろから前に振れば。


「ありがと(笑)、嬉しい♪」


かっちゃんは微笑わらう。


「花ちゃんにそう言って貰えるのなら勇気百倍だな♪」

「でも、あのお店、大変そう?」

「ま、殺しゃしないだろ。…嶺臣さんなら」

「電話ごしに物凄い音してたけど…?」

「そりゃ、ね?」


かっちゃんの声が少しだけ変わる。


「痛い目は見て貰わなきゃいけないけど、本人に痛い目みてもらう必要が無いときもある」

「…そうね、別に店長が私を怪我させたわけじゃないし?」


監督不行き届き?では有るかもしれないけど?


「店の娘ひとりひとり、男の店長がコントロールってのも、あの店じゃ、難しい」

「…花ちゃん」

「嶺臣やかっちゃんの持ってるお店とは違うから」


思い浮かべる。


三嶋翔の持ってる【店】。

高級の上に実は【超】がつくくらいのクラブ。


だけど。私は彼の持ってる五つの店の全てに連れていかれたから。


初めは、いぶかしげな眼で見られる。

オーナーが営業時間に、大きなVIPルームを貸し切りにして。店の人気キャストを五番目くらいまで独占で呼んで。


男ではなく、私を楽しませろと。

三嶋翔が私の横にぴったりとついて。


その時には嶺臣は来ないから。

かっちゃんの配下の人達が数人つく。

接待?

知り合いの組のお嬢でも連れてきたの?


そんな眼で三十分くらい。


それが段々、変わる。


男達の様子に、気がついていくから。


「花ちゃん」

「花さん」

「花さん」


私の座ったソファの座席の周りだけ見れば。

店が違うと思うだろう。

高級クラブではなく、高級ホストクラブ、みたいな感じ。


全員、私しか見ない。

うぬぼれでなく。


さりげなく、私の思う先を読んで、甘やかす。

接待なんかじゃここまでしない。

機嫌をとっているんじゃない。


ある程度の年齢を越えた男達が。

目の前にいる若い女を。

全員で溺愛。


そんな、感じ。


理解できない人間には何時間たってもわからない。

でも、分かる人間には分かってゆく。



分かった人間から私への態度は変わる。

態度、というか、接し方が。


連れてこられた女。

姫様扱いの知らない小娘。

値踏み。

媚びへつらう為の状況判断。


そんな眼で私をじろじろ眺め回していた女達が。



この子は三嶋翔オーナーの特別枠だと。

肌で知るのだ。



今では。


店に行くと。


「あ、花さん♪」

「あ、花さん♪来ました♪ママー、花さん用のお茶用意するんで、私ちょっと抜けます♪」

「はいはい(笑)」


とか。


「この間、凄く可愛いグラス見つけたんです。オーナー、花さんに見てもらっていいですか?」

「いいよ」

「これなんですけど」

「あ、可愛い♪」

「やった!良かったら、これから花さんに出す飲み物のグラスの一つに加えていいですか?」

「かっちゃん、良い?」

「花ちゃんが気に入ったならいいよ」

「有り難う、えっと…杏璃あんりさんでしたよね?」

「……っ、名前…名前…覚えて…ど、どうしよ……嬉し過ぎる♪」

「ようやく一人前ねえ」

「花さんに認識されたんなら、上客の前に出せますねえ、ママ?」

「ええ。杏璃ちゃん、あとでちょっと事務所ね」

「はい!」

「かっちゃん♪グラス、可愛い♪」

「気に入ったの(笑)?」

「うん♪」


とか、ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る