店長の声がうわずる。


さすがに、想定外らしい。


「愛実ちゃん、気がキツい子だけど、まさか…そんな…何かの間違いじゃ…」


その言葉に、かっちゃんの口調が変わる。


「は?こっちは凛花がクソ男に引っ張られてボロボロの切れた髪の毛、傷のついた頭皮、手加減無しで張られて真っ赤になった頬っぺた、口の中の裂傷。間近で見て手当てしてんだけど?証拠のフォト、ラインに貼付しましょうかあ?店長さん、普通に脅迫罪、傷害罪、暴行未遂…あの女の罪状数えんの、こっち忙しいけど?」

「…そんな…」

「まあ、そこまでさせるんならついうっかりSNSにも投げちゃうかもだけどね?頭の悪い名前の店の店長さんも頭と察しが悪いですよ~って」



…かっちゃん、容赦無さすぎ。


「ちょっ…あんた…失礼だろ!」

「はあ?」


かっちゃん、怖いよ?


「被害者がやめるって言ってんだよ?ただ、やめるってな?お宅の監督不行き届きも、店の責任も追及せずになあ?」

「いや、だって、急に!困るんですよ!凛花ちゃんにはこっちだってそこそこ期待も投資も…」

「ああ?しつけえな?」


声がさらにキツくなる。


「底辺キャバクラ店長風情が吹いてんじゃねえぞ?」

「…な、なんだ、アンタ?」

「あんなあ?嬢へのたかが知れた厚生費なんざ、いまどき当たり前なんだよ?それ威張るとか馬鹿?それにロッカーセキュリティとかガバガバじゃね?バックヤードトラブルを事件に発展させる時点で詰んでんだよ」


正論。


「……凛花ちゃんに代わってくださいよ」

「は?本人辞めます、って言ったんだから必要無いだろ?頭悪いな、ホントに」


キツい、冷たい、声の響きが優しいかっちゃんを非情な男に染めている。



「そっちにおいてあるものはまるごと廃棄してもらって結構。ドレスも結局はレンタルだろ?あ、今日の裸で返るわけにいかないから仕方なく店外まで借りたドレス、とやらは買いとってやらあ。代金は後で現金書留ででも送るかな?なんならそちら様が要求したいだろう【キャストにかかる諸経費と慰謝料】もつけますかあ?」

「…そ、そんなぁ…」

「それにさあ、…ずいぶん粘るけど…そんな余裕、いつまで持つかな」

「…ど…どういう…意味…」

「そろそろなんだよなあ」


そこで、ふと私を見て微笑むかっちゃん。

肩までの長い髪を首の後ろで一本にまとめてる彼は静かに微笑むと、激情が嘘のような、穏やかな美青年に見える。


その時。



スマホの向こうで、何かがひっくり返るような、もの凄い音が。

そしてひきつるような叫び声。



すると、かっちゃんは機嫌が良くなった。

唄うように、つぶやく。


「あのあたり、しつ、悪くなったんだよなあ。質が落ちれば土壌が荒れる。土壌が荒れりゃ雑草が生え放題…人様に害を与える毒草は駆除しなきゃだし。毒草生えてた花壇は…枯らさなきゃね」


呟きは甘い。蜂蜜のように。

嶺臣と同じ言葉を。

打ち合わせしたわけでないのに嶺臣よりもくらく躊躇いなく口にする。

それが、三嶋翔が衛藤嶺臣の【抜き身の刃】と呼ばれる、あかし───。



衛藤嶺臣と三嶋翔はコインの表裏。


まあ、それは…追々。




「ほい、花ちゃん、スマホ返す」

「サンキュ♪」


返してくれたスマホの通話を切ってテーブルに適当に置いて。


「オムカレー作るかあ♪」


かっちゃんの呑気そうな声にあわせて私は微笑んでみせる。


「かっちゃんのカレー、冷凍ストックまだあるよ♪

嶺臣はなくなりゃ作らせりゃいいとか言うけど、美味しいからちびちび食べちゃう。どこにも行かない日の、お昼とか」

「花ちゃん…。嬉しい。味、そんなに気にいってる?」


かっちゃんは嬉しそうに笑う。


「どんどん美味しくなる♪」

「嶺臣さんは『いちいち言わなくても不味まずきゃ残す』なんだろうな(苦笑)」

「真似、上手い」

「やっぱり(笑)」

「お前はやらなくていい、勝手に食うって。自分で温めて、ストック減らして。時々システム手帳になんか書いてる」

「ああ……(笑)。…ラインに入ってくる、『カレーストック減った。ビーフ、ポーク残少。チキン、ラム(子羊)も足しとけ』ってのはそういう裏話が(笑)」


そういうことしてるのか。嶺臣。

かっちゃんはカレー屋さんじゃないのに。


お前はやらんでいい。

飯は誰かにやらせる。

どうしても作りたいなら…その飯を食うのは俺と、お前だ。

それは変わらせない。



どうだ、狭くて、嫌なオトコだろ?

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