流れてゆく景色を見ながら、そう言えば。

かっちゃんは痛そうな声を出す。

私は窓の向こうをわざと見て、かっちゃんの表情は見えないけれど。


「…つくづく似た者同士だねぇ、二人とも」

「でも……あのキャバは本当にやめる。かっちゃん、泣きそうだから」

「やった、有難う」

「怪我なおるまで言うこと、きくし。……働くところ、次はかっちゃん、決めて良い」

「…花ちゃんは優しいね」


暗い窓に映るかっちゃんの横顔が少し、嬉しそう。


「お世話してくれる?」

「どこまでも♪お姫様」


俺は嶺臣さんと、花ちゃん応援隊だから♪

なんて、ふざけてくれる優しい優しいかっちゃん。


でも私は知ってる。


三嶋翔という男の恐ろしさを。


温かい陽だまりにできる陰が、身も凍るほどに、冷たいことを───。






「ひでぇな。爪もちょっと割れてる」

「…気づかなかった」

「やっぱり、明日、知り合いの医者、行こう?」

「ううん、かっちゃんの手当てでいい」

「……嬉しいけどさ」


自宅のマンションにかえると。

ソファに連行されて、手当てされた。

で、思ったより自分に傷ができていたのが今更分かった。


何しろ、かっちゃんがいちいち大丈夫?と確かめながらしてくれる消毒と市販の傷薬の塗布がやたらみる 。


「痛……」

「やっぱり、あいつら絶許…」

「どうどう」

「花ちゃん♪」


頭をぽんぽんしてあげると、かっちゃんは仕方なさそうに笑ってくれる。


「あ、そうだ。花ちゃん、スマホ貸して」

「…店?」

「こういうのは即行動」

「…私、最初出るよ」

「それはいいけど、すぐ代わって?」

「分かった。しばらく…かっちゃんにお世話してもらうって決めたし」

「…良い子♪♪」

「スペシャルメニュー、オムカレーが良い」

「…すぐ電話かけて最短時間で作る」


放り出していたポーチをさがし。


店の番号をタップ。

キャバクラ《ミルキー・スプラッシュ》。


嶺臣が言うには、『どうにかなんなかったのかね?頭悪そうな名前(笑)』だそうだ。


「はい、どうしたの、凛花りんかちゃん」


店での源氏名(店内だけのキャストネーム。本名隠しの仮名だ)を呼ぶ店長の声は、なんどきいても軽い。


「急で悪いんですが、辞めます」

「は?…な、何言ってんの?聞いたけど、さっき帰ったばっかだよね?ちょっと、な、何言ってんの?」

「辞めます」

「だから!急に困るんだよね!凛花ちゃん、結構人気だし、明日も凛花ちゃん指名で入ってんだよ?何があったかどんな気持ちか知んないけど、責任感持ってよ?」


スピーカーにしたスマホからは焦りとパニックに早口になった店長の声が流れてくる。


と。

私の手からスマホがかっちゃんの手に。


「すいません、キャストネーム凛花の身内ですが」

「え、あっ…は?」


明らかな男の声に。

戸惑う店長。


そりゃ、そうだよね。


「事実だけシンプルに。名前知らないけど、そこの店の女に凛花が帰りぎわに襲われましてね?なんかかなり嫌がらせとかされてたみたいなんで、把握とかされてるんじゃないですかね?」


めっちゃ冷静な、でもすごく温度が低いかっちゃんの声。


「あ……愛実めぐみちゃん……」

「そんな名前なんですね。センス悪い。…ロッカー壊されて靴と私服ダメにされて。ポーチは無事だったらしいですから?事務所預かりで?…聞いてんじゃないんですか?」

「…あ…、でも…ちょっと…あなたがどなたかは知らないけど…そんな事くらいでやめてたら、この世界、働き口無いって思い…ますけど…」


まあ、それは正しい。

女だけの世界。

足の引っ張りあいは日常茶飯事。


店が言うには当たり前。


「へぇ?店出たあと、靴壊されて仕方なく店のキャバヒールで帰った凛花の事、何十分もしつこく追いかけ回して、自分の客のくずホストに襲わせて動画撮ろうとして。動画撮り終わったらAV売るとか抜かしてたみたいですけど?そんな女抱えてる店のほうが、この世界、需要無いんじゃ無いですかあ?」

「…な、なに…う、嘘でしょ…まさか…そこまで…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る