お仕置きは、続けられる───。


「まだまだ(笑)、へばんなよ?」


痛そうな音の再開──。


歌うような、たのしげな呟きが苦悶の声の合間に挟まれる。


ずっと叫ぶように痛がる男。

断続的な細い悲鳴をあげ、苦痛を訴える女。


きっと男のほうが、傷は軽い。


罪が軽いわけではないけれど。


頭の悪い蜥蜴トカゲにそそのかされて本能で動き、切り捨てられるしかないシッポもどきに破壊衝動は強く向かないのだろう。


目の前の、私の情人──


衛藤えとう嶺臣れおは……そういう男だ。




「…たすけてください…っ……ゆるしてくださ…」


涙にまみれた、細く無様な懇願が、路地に、散らばる。…受けとるものなど、いないのに。


氷のような声が、残酷をもてあそぶ。


「馬鹿なメスにそそのかされて、ヒールはいた若い女をしつこく町んなか追いかけ回して。路地まで追い詰めて粗末なもん突っ込んでヤり捨てようとした頭空っぽの馬鹿にお願いされてもなあ?」


冷笑で塗りつぶす、希望。


「…嶺臣れお


不意に話しかけたくなって。


「ん?なんだ、花乃?寒いか」


返るのは優しい、声。



「…寒いのは平気。ジャケット、すごく大きいし。頭からかぶってても身体隠れるから温かい」

「(笑)。お前、ちっちゃいからな。まだ被ってな」

「はい」

「良い子だな、花乃かの


温かい声に気持ちが緩む。

そんな状況ではないのだけれど。


かける、さっき呼んだからもうすぐ着く、多分」

「かっちゃん?」

「ああ」

「んー」

「もっこもっこにされて姫抱っこ連行だな」

「やー、遠慮したい」

「かかとと足首傷だらけだろ、ステイしてろ?拒否は不可」

「……りょうかい」


声だけなのに、甘やかされてるのが丸わかり。


それが愛情でなく愛玩で、【世の中の普通の甘さ】じゃなくても、構いやしない。


すぐに、足音。


何人かの。


「嶺臣さん、すいません!遅れましたか!」

「衛藤さん、すいません!」

「すみません!」

「いや、ちょうどだ。すまねえな、翔はともかく、他の二人は用事あったろうに」

「…ひっでえや(笑)。俺にも有るンすけど、用事?」


嶺臣よりは高く、明るい声が苦笑しているのがわかる。


「へー、お前、俺より大事な【用事】あんの?ふーん(笑)」


意地悪な声が、返り。

参ったな、という呟きが、ジャケット越しに聞こえてくる。



「…っ、ずりぃな(笑)。あ~あ、この寒空に可愛い女の子、アスファルトに座らせるなんてそいつら万死でしょ?…はなちゃん、平気?」


私をはなちゃんと呼ぶのは。

嶺臣の懐刀(って自分で言ってる)の三嶋みしまかける

私は【かっちゃん】ってよぶけど。


「…平気。靴擦くつずれ痛いだけ。あ、一回だけ転んだ。傷はないけど、膝ジンジンしてる」

「おい、それは初耳だぞ」

「報告有難う、花ちゃん♪」

「ん♪」

「おい、花乃」

「嶺臣に連絡したすぐあとだったから、転んだの。ここの前に隠れてた路地に入る前」

「……ふーん」


あ、【温度】、下がった。


「おい、翔。言ってなかったが、花乃、顔殴られてるからな?そこの三流ホストのオスガキに。口のはし、切れてる。中にも傷あんだろ、多分」

「…………へぇ?続けて下さいよ」

「その前にジャケット外していいから、そのお前が大事そうに抱えてるデカいトートバッグの中のもん、花乃に着せてやれや」

「……はーい」


そこで、私の頭からジャケットが外される。

もう目の前にはかっちゃんがいて、他の二人がその後ろで壁みたいになっていて、男女は見えない。


濃い、血の臭いだけ。


「あ~あ、花ちゃん、可愛い頬っぺた真っ赤。先にこのコート着ようか」

「うん」


今、季節は春の初め。まだ肌寒い。


「あれ?でも、この頃着てるコートなかったっけ?」

「…落とした」

「は?」

「…っていうか、脱いだ」

「花ちゃん……」

「結構全速力出したから、邪魔だった。私、ラストまでやらないから…早上がりで…ロッカー行ったら、パンプス壊されてて、はいてたキャバヒールしかなかったし。着てきたワンピースも裂かれてたから…」

「ワンピースもパンプスも、花ちゃんの好きなカジュアルブランドのお気に入りだったのにね」

「うん。ポーチだけは…この頃嫌がらせあったから事務所の貴重品ボックスに預けてたから、助かった」

「嫌がらせ…」

「私、同伴もアフターもしないけど…売り上げ、勝っちゃったから…」


同伴ではキャバ嬢の指名料・同伴料としての料金がかかるため、店にもキャバ嬢にも【収入】が入る。

アフターはあくまでも店外行動なので店は関知しないしキャバ嬢の判断次第(表向きは)。次に来店させるための、エサみたいな、こと。


私はそれをしないから。


「少し、寒い」


袖ありのレンタルの膝丈ドレス。下品にはならない綺麗め系。

だけど、それはあくまでも店内用。


店用のドレスは嫌がらせが始まった当初に、お店に頼んで事前に好みを言い、何着か別に事務所内ロッカーで保管してもらってる。


特別だとは言われたが。

見合う売り上げは出してる、多分。


やり方があるのだ。

夜の世界を泳ぐ、上手い、でもまあ、覚えなくてもいい、やり方が。


「寒いよ!そりゃ!キャバドレス、生地薄いしね。あれ、でもコートは無事だったの?」

「ワインぶっかけられてて酒臭かったけど着れた。コート冬用のやつだったから、カッターじゃ無理だったみたい。傷はついてたけど」

「………。嶺臣さん、ですってよ」

「そうかよ」

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