✶0✶

入り組んだホテル街の、路地裏──。


私はうずくまって、ヒールの痛みをやり過ごす。


いた……」


夜の底は薄昏うすぐらく、見上げた空は立ち並んだ高層ビルの上でウサギの眼のように光る赤い光で半端に明るい。


『なあに、あれ』


都会まちに来た頃、私は下ばかり向いていたし、住んでいた田舎町には無い景色が不思議で。

あの人に聞いたことがある。

出逢ったばかりのころ。


『航空障害灯』

『こうくう、しょうがいとう?』


聞きなれない、難しい名前。


『夜にもヘリや飛行機が飛ぶだろ?六十メートル以上の高いビルはな、法律で飛行の障害となる高層ビルがそこにあるって自分の存在を表示する灯火あかりの設置が義務付けられてんだよ」

『へえ』


『珍しいか?そんなに』

『ビルまで自分を主張しなきゃならないなんて、都会は大変ね』


そういったら、

あの人は。


『変わったオンナ』


そういって、微笑った。


『そんな事言うの、お前くらいだろ』

『…馬鹿にしてる……?』

『いや?…面白い』

『やっぱり、馬鹿にしてる』


ちょっと悔しかった。


私の知らない【普通】を『面白い』なんて言える人間に、こんなに気持ちを持ってかれているのが。


『本当に【馬鹿だ】と思うなら、黙って頭でも撫でくりまわして、飯でも奢るさ、面倒臭い』


でもあの人は、私の悔しそうな表情にさらに笑みを深めながら、続けた。


『退屈は嫌いでね。変わった奴は嫌いじゃないさ。少なくとも、相手にする、価値はある』



…そんな事言うオトコなんて、初めて、会った。

言えなくて、また下向いて。


ありがとって言葉は口のなかで消えたけど。


私があの人を好きになった、たくさんのなかの、ひとつ。


終わらない苦しみに足を踏み入れることになった、

理由の……ひとかけら。

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