第2話

 夏に行われる予定だったサークル活動は、安全面を踏まえて、秋に行われることになった。

 暑くもなく、寒くもなく。秋という季節からは学ぶことが多い。

 電車に揺られて、俺たちは目的地へと身を運ばれていた。

 島という場所の中では大きい部類になるこの島。どれくらいかと言うと、電車があればまあ、移動に車は要らないくらいの大きさだ。


「結局、夏じゃなくなったね、活動」

 二ノ宮が言う。

「ああ、その方がいいだろ?」

 俺がそう言うと、

「でも、夏の方が清々しくない?」

 それは、イメージする夏がエアコンの中での生活だからじゃないだろうか…?と俺は思った。

 俺は…子供の頃、友人と話すことが殆どなく、友達はテレビか漫画か、音楽プレイヤーか、だった。

 一夏中、ずっとエアコンの中で過ごす俺。彼女のように、俺もイメージする夏は、エアコンの中での出来事だ。

 一同、会話は尽きない…。

「なんか…、俺、乗り物酔いになった気がするんだが…」

 一条が言う。よく見ると、少し顔が青白い。

「電車でか…?」

 電車で乗り物酔いになる奴、そんな奴は聞いた事がない。俺が彼に尋ねると、

「おかしいか?」

 と、返事が返ってきた。

「一条君は繊細だから…」

 三廻部が言う。そう言って彼女は一条の背中をさする。

 ちなみに、三廻部はサークルメンバーではないのだが、今回に限りゲストでイベントに参加することになった。

「一条君、虚弱体質の文系って感じだもんね…」

 二ノ宮が言う。

「そういや一条、高校の頃、定期テストで10位以内に入った事あったよな」

 何もかもが懐かしい。

「確かに、痩せすぎだよね…もう少し鍛えた方がいいんじゃない?」

 一条の肩に手を置きながら、三廻部が言う。

「言いたいように言ってくれるよ…」

 少し青ざめた表情で一条が言った。

「目的地はどんな場所なんだ?」

 一条が続けて言う。

「ああ、パンフレットがあるぞ」

 俺はカバンからパンフレットを取り出して、電車の中、冊子を広げた。

「この寺最大規模の仏閣だ。何か、ご利益があるかもしれないな」

 ふうん、と覗き込む三廻部が言った。

「お金が掛かってそうな冊子…」

「まあな…」

 俺がそういうと、俺の手から冊子を掴み取って、二ノ宮が言った。

「お寺さんの運営って、そんなに儲かるの?」

「どうかな…?」

 三廻部がそう言うと、電車のアナウンスが目的地への到着を告げた。



 目的地の仏閣は、人々で溢れかえっていた。

 冷たい風が吹いている。冬の始まりを感じた。

 秋、と言っても冬よりの秋…。そんなに冷えないだろうと朝の気温でタカを括った俺。

 シャツに肌着にニット、という出立ち…。どうにも心許ない。

「結構、混んでるんだね」

 二ノ宮が言う。

「この島最大規模の仏閣だからな…」

 パンフレットに恥じない、って感じだろうか…?

 広いと言っても島だ。見慣れた顔も居る。

「傑くん、デート?」

 そこに偶然居合わせた近所のお姉さんが少し笑いながら俺を揶揄う。

「いや、これは…大学のサークル活動の集まりで…」

 俺が少し慌ててそう取り繕うと、

「ふーん」

 と、笑って、じゃあね、と言って、彼女はそのままどこかに行ってしまった。

「ただのサークル活動?」

 二ノ宮が俺に向かってそう言う。

「それ以外の何物でもないだろ」

「へぇ…」

 そう、三廻部が言った。

「プッ…」

 すると、横では一条が吹き出して笑った。


 目的の寺へと向かう列に、俺たちは並んでいる。

 風が冷たい。俺は上着を着ずにここにきた事を後悔し始めていた。

 冷風が薄いニットから入り込んでくる。

 一条の方を見ると、着ているのは黒のレザージャケット。

 今年のトレンドがどうとか言っていたが、俺には男の服の流行りなんて、皆目見当がつかない。

 風を防ぐという意味では確かに、機能的ではありそうだ。だが、蒸れないんだろうか。

 一条は身だしなみに気を使うようで、肌は女性並みに透き通った美しさで、細くて洗練された体型をしている。(いつだったか、温泉に行った時彼の体を見た)

 そういえば、彼と一緒に銭湯で風呂に入った時…、いや、考えすぎないようにしよう。


 列は続く。少し、緊張する。

「もうすぐ…、だな」

 一条の声で、俺は気を引き締めた。

 明らかに上等な木材です…、と言わんばかりの材質で作られた仏閣。

 その門をくぐる。

 そして、目的の寺へと俺たちは赴いた。


「これは…」

 一条が言う。


 目前に広がるのは、緑と黒で満ちた豪華絢爛な世界。

 パノラマビューの木々たちが風に吹かれてそよいでいる。

 俺は、その光景に圧倒されていた。

 確かに、何か神聖なものが祀れらていると言われても、ここならそうだろう、と納得してしまいそうな光景。

 そこに…、強い風が吹いた。

 それは、まるで、神秘の存在の鶴の一声のような…。

 ざわっ、と木々がさざめく。

 そして、風が止んだ。

 人々は無言となり、静寂が当たりを満たす。

 しばらくした後、人々はまたざわざわと話し合い始めた。

「すごいな…」

「ああ…」

 一条と俺はそう話していた。

 すごいものを見た。俺は感動に打ちひしがれていた。


 帰りの電車に揺られて、俺はまだ昂った思いが抑えきれずにいた。

 一条は寝てしまっている。疲れたのだろうか。

 三廻部と二ノ宮と別れ、眠りから目覚めた一条とともに、俺は家路へと就いた。

 


 その日、夢を見た。あの仏閣…そこに、着物姿の女性が居る。

 たおやかな美しい、貴人。彼女が、薄暗がりの中で、舞を舞っている。

 顔は、暗くてよく見えない…。

 あそこに、行ければ…。いや、行かなくては。

 俺は、あの人と会わなければ…。


 翌日、俺は昨日と同じように電車に揺られて、目的地へと向かっていた。

 昨日より、人は少ない。目的地に辿り着いた俺は、仏閣の中へと進む。

 その途中、女性とすれ違う…。肩がぶつかった。

「あ、すいません…」

 俺がいう。少し、ヒヤッとした。こんな時代だ、何があるか分からない。

「ええ、大丈夫ですよ」

 彼女がそう言った。

「すいません…」

 俺は少しほっとした。

 話も最後まで聞かず、スタスタと彼女は先に行ってしまう。

 よく見ると、床にハンカチが落ちている。

「あの…」

 俺は彼女に話しかけた。少し緊張する。

「はい?」

 俺の方を振り返り、怪訝そうな顔をする彼女。

「落としましたよ、ハンカチ」

 少し驚いた彼女は、しばらくのタイムラグのあと、

「あ、すみません…」

 と俺への警戒心を解いた。

「…」

 彼女の顔を見る。

「あの…僕たちどこかで…?」

 それを聞いた彼女は、怪訝そうな顔をする。

「会ったこと…?」

 すると、

「ないです」

 では…、とキッパリ言い、彼女はこの場を去った。

 俺は、彼女を知っている。

 だが、どこで会ったか、完全に忘れてしまった。

 忘れてはいけない、すごく大事なことのような…。そんな気がする。

 俺は、なぜここに来たんだろう、それも忘れてしまった。

 日が暮れている。もう、帰ろう。



 明くる日、俺は一条とともに、自宅にて寛いでいた。

 すると、どこかの家からシンセピアノで演奏されている音楽が流れてきた。

 近所の海のさざめき、近くの風鈴がならすキリンキラン、と言う音。

 それが合わさって、一つの曲のようになっている。

 クラシックをあまり聴かない俺にも分かる…。曲目は…、エリックサティの「ジムノペディno1」

 おそらく、日本で最も有名なクラシック音楽の内の一つだ。

 どこに行ってもこの曲が流れている、そんな時代もあったらしい。

 ジムノペディをシンセピアノで弾く…中々のセンスだと思った。

「いい音楽だな。河合、なんて曲か分かるか?」

 タバコをふかしながら、缶チューハイを片手に一条が言う。

「これは…エリックサティのジムノペディだな」

「へぇー」

 一条はそう言って、片手に持っている缶チューハイをぐいっと飲んだ。

「それはそうと、なあ」

 一条が言う。

「なんだ?」

 俺がそう答えると、

「今度どこか行かないか?水族館とか。この間つい、年間パスポートを買ったんだが…どうだ?」

 と、彼が言った。

「へぇ…水族館、か」



 ある日…、俺たちは一条と二人で水族館に来ていた。

 薄暗い館内が暗い青色で満たされている。

 幻想的な世界…。俺は水槽のガラスに手を当てて、感慨に耽っていた。

 魚たちの、踊りを舞うかのような泳ぎが目前に広がっている。

「綺麗だね…」

「ん?まあな…」

 そう、隣からの声に俺は条件反射で返事をした。ん…?誰にだ…?聞こえたのは女性の声だ。誰かの声に似ている気がする。

 声の聞こえた方を俺は見た。

「あ…」

 俺を見て驚いた様子の、先日仏閣で出会った女性がそこに見た。

 そこに居たのは二人の女性。どうやら、彼女は友人と二人でここに来たらしい。

「ねぇ…この人、誰…?知ってる人…?」

 彼女と共にここに来ている女性が俺を見て、不審そうにそう言った。

 どうも、分が悪い。

「何ですか?」

 彼女が非難するような視線で俺を見る。

「いや、あの…これは…」

 その視線で、戸惑う俺。

 そこに一条が慌ててやってきて、

「河合、何やってんだ…!」

 そう言って、俺の肩を揺する。彼の大きな声で、俺たちは周囲の視線を一斉に集めた。

「場所、変えないか…!?」

 一条がひそひそ声で俺に言う。

「すいません…では…!」

 彼女たちにそう言うと俺たちはそそくさとその場を後にした。


 帰りの一条が運転する車の中、

「気をつけろよ、何があるか分からないんだから」

 と彼が言った。

「ん?ああ…」

 彼なりに、俺を心配してくれている様だ。



 そしてまたある日。

 近所の海で、俺は一人で海を見ていた。そういえば以前は、三廻部と一緒にこうやって海を見た。

 季節は、全くの冬。

 厚手のピーコートで何とか寒さを防げるくらいだ。


 俺は、ヘッドホンで音楽を聴いている。

 聴いているのは、今売れているシンガーソングライターの、俺が今一番気に入っている曲だ。

 冬の海が、まるでプロモーションビデオの様だった。

 一通り聞いた後、俺はヘッドホンを外す。


 波打ち際…

 寄せては引く波に、一人感慨に耽ける俺。

 最近、こんなことが多い。

 疲れているんだろうか?

 波の音、鳥の声…風の音…。

 少し、物思いに耽る。


 そこに…、一つの足音が俺の方に迫ってくる…。

 そして、

「あっ…!」

 っと言う声が聞こえた。

 ん?なんだ…?

 声の方を見る。

 そこには、仏閣で出会った彼女がいて、俺のことを見て驚いている。

 そして、彼女は、

 少し戸惑った表情をした後、

「プッ」

 っと吹き出して、

「偶然が、続きますね…」

 と、笑ってそう言った。

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日々徒然 糸式 瑞希 @lotus-00

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