サプライズニンジャ

藤泉都理

サプライズニンジャ




 ハラハラハラハラ。


 カサカサカサカサ。


 ガサガサガサガサ。


 パリパリパリパリ。


 バリバリバリバリ。


 ムキュイムキュイ。


 ッサッサッサッサッ。


 ッザッザッザッザッ。


 カシャカシャカシャカシャ。


 キュッキュッキュッキュッ。


 シャリシャリシャリシャリ。


 ジャリジャリジャリジャリ。




 ソメイヨシノ。

 ハナミズキ。

 モミジバフウ。

 イチョウ。

 イロハカエデ。




 アカ。

 キ。

 ムラサキ。

 チャ。

 ダイダイ。




 枯れ葉が舞い散っては、舞い遊び、舞い落ちる。

 厚く積もるところ薄く積もるところ。

 涼風によって運ばれて、野分によって散り散りになって、

 人間が歩き、雀が飛び跳ね、銀狼が駆け走る。


 スズシイ。

 サムイ。

 ココチヨイ。

 イタイ。

 クルシイ。


 乾いた秋風が感情を引きずり出す。

 えげつなくも、ようしゃなくも、






 少女、鳴神なるかみは、離れ離れになって捜し続けていた銀狼、百重ももえの変わり果てた姿に涙が止まらなかった。

 鋭い歯は常に剥き出し、眼は定まらず、肉がほとんどなく皮だけとなってしまった肉体は骨を浮き彫りにし、銀色になびく大量の毛は今や、ところどころで抜け落ちて、残っている毛もくすんでしまい眩さが消えた灰色と化していた。

 もしも今、自分が百重の上に乗ったならば、崩れ落ちてしまうのではないだろうか。

 バラバラになってしまった足元の枯れ葉のように、

 崩れ落ちては、初嵐に連れて行かれ、何も残らなくなってしまうのではないだろうか。


「百重。百重、どうして、誰が」


 止まらない涙で、百重の姿がぼやけていく。流れ落ちていく。

 触れたい、少しでも生気を、温もりを、言葉を分け与えたい。

 なのに、地面に縫い付けられたように足は一歩も動かない。

 動け、動け、動け。

 強く念じるのに足は動かず。

 代わりと言わんばかりに、涙だけが動いていく。


 ポタリポタリ、

 ポタリポタリ、と。


 森で親と離れ離れになった鳴神を見つけ、共に親を探してくれたのが、銀狼の百重だった。

 森を探し、道を探し、町を探し、色々なところを探しても、親は見つからなかった。

 親と離れて何日が過ぎただろうか。

 鳴神の背がほんの少し高くなった頃。

 俺が親になってやろうか。

 百重は言った。

 嫌だ。

 鳴神は言った。

 嫌だあんたは私の親じゃない私の親はちゃんと居る必死に私を探してくれている。

 突き放すように言ってしまった。


 本当は、

 本当は分かっていた。

 親に捨てられたことをちゃんと分かっていた。

 けれど、認めたくなかった。

 認めたくなんか、なかったのだ。


 あんたなんか嫌いだ私の親じゃない。


 悲痛に顔を歪めて叫んだ鳴神は百重の背中から下りて、駆け走っては百重から離れた。

 そうだ。偶然離れ離れになったわけじゃない。

 鳴神は意図して離れ離れになったのだ。

 嫌いだ嫌いだ大嫌いだ。

 その感情に支配されていた。


 私が親を探しているって知っているくせに、

 必死になって血眼になって捜しているって知っているくせに、

 あんな、非道なことを言うなんて、

 親になるなんて、非道なことを言うから、


(嬉しいなんて、)


 息が荒くなり、汗が滴り落ちるほどに駆け走った鳴神の足は一度は止まって、また駆け走り始めた。

 百重の元へと。

 嬉しい嬉しくない嫌いだ好きだ。

 バラバラになりそうな身体と心を必死に繋ぎ止めて、駆け走って、駆け走って、駆け走ったその先に。

 百重は居なかった。

 待っていなかったのだ。

 鳴神は捜した。

 親を、百重を、どちらともに、

 いや、

 百重を捜し続けて、漸く、漸くだ。見つけたと思ったのに、


「ごめっ。ごめん。ごめんなさい。私が。私は、本当は、」


 言いたい。

 嫌いだって思ったのは本当だけれど、それだけじゃないって。

 言いたいんだ。

 嬉しかったって、言いたい、のに、


 言えない。

 喉に小さな熱石が何十個も詰まったように。

 ざらざらしていて、熱くて、苦しくて、

 もう一つの言葉だけがどうしても言えなかった。


「もも。ももえ。ごめ、ごめんなさい」


 たったの数日のはずだ。離れ離れになったのは、

 それが、この数日に何があったのだろう。

 どうしてこんな惨憺たる姿になってしまったのだろう。


「ッハ。そんな姿になってもまだその娘の傍に行きたいのか?その娘と共に生きたいとほざくか。百重」


 ゾッと背筋が凍りつくような、とても冷たい声音だった。

 鳴神は顔を小刻みに動かしながら、その声の主へと向けた。

 銀狼だった。

 百重よりも、一回りも大きい銀狼。

 眩さを持っているにもかかわらず、どうしてか、黒く淀んでいる。

 それは、


「あん、たが」


 鳴神は怯えては震える身体を必死に動かして、顔だけではなく身体を銀狼へと向けた。


「あんたが。あんたが………あんたが!」


 脚を上げて駆け走ろうとした鳴神は、足をもつれさせては一度盛大に転んでしまったが、すぐに立ち上がると銀狼へと一直線に駆け走り始めた。

 どこもかしこも痛かった。

 このまま銀狼に突っ込んだところでどうせ、あの鋭い爪で一刺しだ、鋭い歯での一咬みで殺される。

 わかっていて、何故、突っ込むのか。突っ込んで何をしたいのか。叩くのか、殴るのか、蹴るのか、ゆるさないと言葉を投げつけるのか叩きつけるのか。

 わからない、わからない、わからない。

 わから、


「え?」


 鳴神は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 突然割り込んできたのだ。

 一人のニンジャが、

 目元だけを露わにした黒装束のそのニンジャは鳴神に掌を向けて、君と百重はあいつの後だと言うや、銀狼へと目にも止まらぬ速さで続けざまに何本もの手裏剣を投げると同時に刀を抜いて駆け走り始めた。


「な………に、なに、なん、なの?」


 ニンジャと銀狼が闘う中、鳴神は百重に向かって駆け走り、百重に抱き着こうとしたが、傷むかもしれないと思い直し、百重の顔の前で立ち止まった。


「ももえ。百重!逃げよう!よくわかんないけど。私たちもあのニンジャに狙われているみたいなの!早く!」


 鳴神は訴えたが、百重はその場を動こうとせずに、ただ静かに鳴神を見下ろすだけであった。

 鳴神はいつの間にか止まっていた涙がまた溢れ始めた。


「なん。何でっ。何で何も言ってくれないの?勝手に離れたこと、怒ってるの?ごめん。ごめんなさい。嫌いだって言ってごめんなさい。嫌いじゃない。もう、嫌いじゃないから。親に。なって。ほしかったから。だから。行こうよ。また。色々なところを旅しようよ。ねえ。行こう。ねえ、百重………私のこと、嫌いになっちゃった?」

「………悪い。鳴神」

「え?」


 久しぶりの百重の声に、さらに涙腺が緩んでしまったのも束の間。


「え!?」


 危うげに後方宙返りしたかと思えば、着地したのは銀狼ではなく、ニンジャだった。


「え?え?え?な、なに!?なんなの!?あんた!百重をどこにやったのよ!?」

「あ~~~。だから~~~。俺が~~~。百重」

「は?はあ!?なに!?私をおちょくってるの!?」

「あ~。こほ。ううん。悪い。鳴神。俺ちょっと、あいつらと闘わないといけないから、少しの間ここで待っててくれ」

「え?あ!え!?」


 鎌ヌンチャクを振り回しながら銀狼とニンジャへと駆け走る百重を見送るしかなかった鳴神は、涙を止めて何なのよもうと叫んだのであった。



















「抜け忍び銀狼で、私が離れてから、変化の術が暴走して人間にしかなれなくて、仲間のニンジャからは追われてて、漸く銀狼に戻れたかと思ったら、どうしてか消耗してて肉体も見るも無残な姿になっていて、話せなくて、どうしようかと困っていたら、漸く私を見つけてよかったと思ったのも束の間、仲間のニンジャが現れたので、もうこれは気絶させて記憶忘却キノコを植えつけるしかないと思った。って?」

「そう」

「信じろって?」

「そう」


 鳴神は地面に倒れている銀狼とニンジャを見つめた。

 百重が鎌ヌンチャクで暗示をかけて銀狼とニンジャを気絶させたのち、記憶忘却キノコを肌に押し付けると、銀狼とニンジャの身体には次から次へとキノコが生え始めては、全身を覆い隠してしまった。


「あれ。大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫大丈夫。あのキノコが消えた時には、俺もおまえのことも忘れているから。つーか、全部を忘れちまってるから。本当は、俺とおまえのことだけ忘れさせられたらよかったんだけどよ。そんな魔法みたいなもんはまだ見つけられなくてな」

「………何で、銀狼とニンジャは闘ってたの?仲間じゃないの?」

「ああ。あの銀狼は元々人間だったんだけどよ。人間に戻れなくなっただけじゃなくて、仲間のニンジャを次から次に襲い始めたから、抹消対象になっちまったんだ」

「………頭、こんがらがって。よくわかんなくなってきた」

「まあ、とにかく。俺とおまえはこれから旅を無事に続け………られはしない。な。ニンジャに追われる日々には変わりないし。だからこの国を出ようと思ってる。おまえの親を探し出せなくて申し訳なかった。おまえのことは、知り合いの坊さんに頼んだから安心しろ」

「………親になるって。言ったくせに。私を置いてけぼりにするんだ」

「ああ。いや。だって。悪かったよ。あの時はつい感情が高ぶっちまって」

「またニンジャに戻ればいいじゃん!何で抜けちゃったの?私と離れ離れになる前には抜けてなかったんでしょ?だって、誰も襲ってこなかったもん!」

「見つからなかっただけだって」

「嘘だ!」

「どうでもいいだろ」

「私ニンジャになる!」

「はあ!?」

「ニンジャになって百重とずっと一緒に居る!」

「バカタレ。ニンジャになるって言ってなれるもんじゃないんだ」

「なる!がんばる!だからニンジャに戻って!」

「戻らない。ニンジャはもう止めた。外の国に行く」

「じゃあ私も行く!」

「親を探すんだろ」

「今はいい。親より百重と一緒に居る」

「俺と一緒に居ると危険なんだ」

「だったら最初から拾うな見つけるな!」

「鳴神。俺を困らせるな」

「困らせる!あんたの子だ!親の子でもあるけど!あんたの子でもある!」

「なんじゃそら」

「行く!」

「………今は人間だぞ」

「早く銀狼に戻れ!」

「………無茶言うな」

「言う」


 膝を曲げた百重が鳴神を抱きしめたので、鳴神も短い腕を広い百重の背中に回して忍び装束を強く握った。


「連れてって」

「ああ。まずは、」




 こいつらを倒してな。

 立ち上がった百重は鳴神を抱きしめたまま、自分たちを囲うニンジャの集団を見渡してのち、不敵な笑みを浮かべたのであった。


「悪いな、おまえら。全員。記憶を失くしてくれや」



















「わあい!キノコがいっぱいだあ!って。あれ?赤い縄が張られてる。入っちゃいけないって印だ。何だろ?」


 ほとんど誰も訪れない丘に来た少年は、キノコの山の周囲に巡らされた赤い縄を見つけては、踵を返しては世話になっているお坊さんを呼びに行き、そうして次に来た時には、キノコは影も形もなくなっており、代わりに記憶喪失になっている人間がたくさん居たのであった。











(2024.10.17)



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