第13話 女の死体

 市場の中を歩いていた。雑踏、乞食たち。物を売るかけ声。


 魚の匂いのする裏通りには、女が立っている。マントの頭巾をかぶった女だ。


 すべては一瞬の出来事だった。人通りはなく、女と私の二人だけ。


 女が襲いかかってきた。右手のナイフを持って。立ちすくんでいるだけで、何もできない。目をぎゅっとつむった。


 結局どこに転移しようが、殺される運命なのだ。



 低い悲鳴とドサっという音がきこえる。刺されたはずなのに痛みがない。


 恐る恐る目を開けた。マックスが立っている。呆然と、腕の中の女を見つめていた。女は、ダイアンは愛人の腕の中で絶命していた!



 私たちは洞窟の中にダイアンの遺体を隠した。遺体をうめる穴を掘る間、口を聞こうとしない。


「恐ろしいわ。どうしてこんなことになってしまったか……」

「ダイアンは君を殺そうとした」


「ええ。でも、わからない」

 声が震えた。


「君を守りたかったんだ。でも、まさかダイアンだったなんて。思いもしなかった。彼女を殺すことになるなんて。一度は彼女を愛したんだ」


「わかるわ」


 私は彼の痛みと後悔がわかった。二人して途方もない秘密を抱えてしまったのだ。


 最初にダイアンの死を隠蔽しようと思いついたのはどっちだったのだろう。


 気がつけば、ダイアンの死体を洞窟の中に運んでいた。白く細い腕がだらりと垂れ、その瞳はもうどこも見ていない。


「私たちだけの秘密よ。誰にも言わないわ」

 私は蒼ざめた顔のマックスにそう囁いた。



 部屋に戻ると伯爵が来ていた。一気に現実に引き戻されたような気がする。悪夢からせせこましい現実へと。


 コンティ伯爵は以前の尊大な様子はなくなって、しょんぼりとしている。挙動不審で、しきりに窓の外に視線を走らせた。


「お父様、会いにきてくださったんですね」

 戸惑いながら言う。


「お前に言うことがあって来たんだ。いいか、皇帝はお前に求婚するだろうが、受けてはいかん。公爵を殺すように指示を出したのは、皇帝なんだ。あいつは信用できないだろう」


 私はまともに取り合わなかった。伯爵はまた何かを企んでいるのだ。皇帝が公爵の暗殺をたくらむなんて、ばかばかしい。なんたって、この人は娘を利用するばっかりなのだから。


「お父様、爵位を剥奪されたそうね。皇帝に恨みがあるなら、自分で解決してください。私はもうあなたの操り人形じゃないのよ」


 伯爵はエディスと公爵の縁談で皇帝の不興をかっていたのだ。もうこれ以上、伯爵の言いなりになるつもりはなかった。

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