第12話 気持ちは揺れ動いて

 皇帝はいきなりやってきた私を歓迎してくれた。いつでも部屋は用意してある、と言ってくれたのだ。


 婚約者と仲違いし、弱りきっていた身にはありがたかった。宿無しの上に婚約も立ち消えになってしまうなんて。



 広く豪華な寝室にいても元気になれない。


 壁には一面ピンクの薔薇の花が飾られている。冬だというのに、どこから取り寄せたのだろう?花のにおいがムンムンとした。

 それに黄金色の寝台や寝具。庭を見渡せるような広いガラス窓。外には氷の彫刻が置かれた庭園が広がっている。


 彫刻の女帝の見ている前で、少女がダンスを踊っていた。美しく、はかなげな乙女だ。悲しそうに笑っている。まるで悲劇の運命を黙って受け入れるような。従順で悲哀に満ちた少女だ。


 道化みたい。こんなに美しく、優雅な少女には似合わない言葉だけれど。


「マクシミリアンと何があったんだ。話してくれないか、エディス」

 皇帝がたずねた。


 私は庭園に立って、少女の銀色の頬に触れる。雪の結晶がエディスの白く細い指についた。


 どうやって話したらいいものか。皇帝アルフレッドはエディスの唯一の友人らしい。今だって親身になってくれている。できるものなら全部話してしまいたかった。


 でも全て打ち明けてしまうのは……!


「たいしたことではないんです。私も公爵もお互いが嫌になって、距離を置いてしまった。本当なら、こんなふうにして公爵のところを去るべきではなかったのに!」

 ためらいながら話した。


「じゃあ、ただの喧嘩だったのかい?公爵が君をひどい目に遭わせたんじゃないのか」


 私はけなげに微笑んだ。

「マックスは女性に乱暴な真似はしないわ。この結婚は最初から彼の気にそぐわなかったの。私の悪評を聞いていて」


「公爵は変な男だな。それならなぜ求婚なんかしたのか。君の父上もなぜ承諾した?エディスなら、もっと価値ある男と結婚できるだろうに」


 思わず顔をしかめてしまった。

「公爵はあなたの提案で求婚したんだって言ってたわ」


「いや、そんなことは言ってない」

 アルフレッドが言う。

 

 嘘をついている顔ではない。

「父がやったんだわ」


 でもなんのために?伯爵はマクシミリアンと結婚する前に殺すよう指示してきた。財産目当てではない。公爵がコンティ伯爵の何らかの利益を邪魔していた、と考えるのも不自然だ。二人に接点はなかったのだから。


 

 皇帝は父や婚約者の後ろ盾を失った私を助けたがっていた。事実、私はアルフレッドがいなかったら、路頭に迷ってしまっていただろう。


 マルグリットは私が皇帝の世話になっているのに良い顔をしない。


「陛下の目的をよく考えられたんですか。お嬢様は未婚の身なんですよ」

「マルゴ、何が言いたいのかわからないわ」

「私の目に狂いがなければ、陛下はお嬢様に恋心を抱いてらっしゃいます。このまま宮廷にとどまれば、アルフレッド様の気持ちにこたえねばならなくなるでしょう」


 皇帝が私に恋してる。それって悪いことなのだろうか。彼は裕福で親切な上、乗馬姿がかっこよかった。なによりも思いやりがあるのだ。アルフレッドなら地下牢で拷問を行ったり、暗殺者の恋人をもったりしないだろう。


「皇帝は良い方よ。もし陛下が本当に私を愛してるのなら、気持ちにこたえるだけでしょう?」

 澄ました顔で言う。


「公爵様の気持ちは考えたのですか」


 なるほど。マルゴはマックスの味方なのだ。アルフレッドは気に入らないらしい。


「まだ、公爵とは何も話し合っていないのよ。それにね、もし私に対する気持ちが少しでも残っているのなら、ちゃんと話し合いに来るでしょうね」



 だけど、公爵は実際に宮廷に来てしまったのだ。再会するのはよっぽど後になるだろう、と思っていたのに。


 寝室の扉を開けると彼がいた。慌てて扉を閉めようとする。が、彼の動作には勝てなかった。


 動転したまま彼を見つめている。鼓動がはやまった。


「エディス、まだ君と結婚したいんだ。領地に戻ってきてほしい」

「あなたが怖いのよ。あの地下牢はなんだったの?まさか、あなたが命令したんじゃないでしょうね?」


 彼は答えない。


 お願いだから説明してほしかった。あれは自分のやったことではないと。胸が痛いのだ。でも彼は何も言ってくれなかった。


「君を愛してるんだ。やっとお互いを理解しあえたのに」


 私だってあなたを愛してる。でも結婚はできない。


 マックスが真剣なまなざしで見てくるので苦しかった。


「あなたはまだ婚約者よ」

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