第5話 聖女と魔女

 地下牢ではなく、もといた寝室に閉じ込められた。もし地下牢だったら、ここで行われている恐ろしいことの真相を確かめられたのに。


「お嬢様、何が起こったんです?」

 侍女が真っ青になって聞いてきた。


 マルグリットは私なんかよりもずっと狼狽ろうばいしている。


「暗殺に失敗したのよ。伯爵はマクシミリアンを娘に毒殺させようとしたの」

 私は落ち着き払って答えた。


 こういうときに焦って動揺しても意味はない。こんな雪山から生きて脱出するなんて不可能なのだ。


「でもお嬢様が、そんな……」

 マルゴは信じられない、というふうに言う。


「ええ、毒は盛っていないわ。最後の最後に決意が揺らいでしまったの。でもバカね、こうして捕まって明日には死ぬ運命だなんて」


 今度こそは死なない、と決めていたのに。私ってとんでもないバカだ。また誰かの犠牲になるなんて。



 夜明けごろ、衛兵が部屋にやってきた。私を鎖でつないで、山頂の処刑場へと連れ出す。外は恐ろしく寒い。歯の根があわないほどだ。


 雪のつもった山頂には公爵と斧をもった処刑人、質素な見た目をした女が待っていた。みなおごそかな顔をしている。血のついた首切り台があった。


「マクシミリアン」

 私がかすれた声で言う。


 マルゴは私の後ろですすり泣いていた。


「処刑の前に真実を言え。誰の策略だ?」

 公爵が厳しい口調でたずねる。


「私の父よ。あなたが残虐極まる悪人で、殺さなければならないと言ったわ。殺さなければ、私を殺すとも。でもそれ以上は何も知らない」

 私はあくまでも正直に答えた。


 正直に答えたところで、命が助かるとは思えないけれど。


「お前は嘘をついている。他に何を知っているんだ?」


 ほら、信じてくれない。


 私といえば、雪山に薄いリネンのガウン一枚で、恐ろしくみじめな気分だった。靴はスリッパみたいな柔らかいものしか履いていないし。拷問そのものみたいだ。


 この惨めな気分と処刑の恐怖から逃れるためなら、どんな話でもできそうだった。公爵の望む話でも、彼を震え上がらせるような話でもなんでも。


「嘘なんてついてないわ。知らないの」

 私が叫ぶ。


「嘘だ。伯爵が一人で暗殺なんかするものか。誰と手を組んだんだ?」

 公爵はゆずらない。


「私が考えたのよ!」


 処刑人の隣にいた女がハッと息をのんだ。恐怖の表情を浮かべてこちらを見ている。マクシミリアンは女を振り返り、疑惑の表情で私をにらんだ。


 こうなったらもう引き返せない。


「あなたと結婚したくなかったの。でも父の命令には逆らうことはできなかった。だから考えたの。もし婚礼の前にあなたが死んだら、他の人と結婚できるって」

 私はすっかり開き直って言った。


「なんていう女だ。なんていう邪悪な」

 公爵が頭をかかえて言う。


「魔女だわ」

 女が私を指差して言った。


「ダイアン、本当か?」

 

「ええ、間違いないわ。魔女なのよ。斧で殺してはいけない。薪と火がないと。炎で邪悪な魂を清めなければ……」


 本気だろうか?私を火あぶりにしようなんて、慈悲の心を持ち合わせていないのだろうか?


 後から知ったことだけれど、この女はマクシミリアンの聖女で愛人だった。孤高な公爵が、ダイアンの言うことを信じているのは意外な感じがする。だいたい聖女だなんて胡散臭いのに。


「衛兵、塔の上に連れていくんだ」

 マクシミリアンが私の腕をつかんで言った。


「でも公爵様、悪の根は早くにたつべきですわ。今日のうちに処刑することもできます」

 ダイアンがささやく。


「いや、今日はまだ殺さない」

 公爵がきっぱりと言った。


 私は黒い塔の上に連れていかれた。目まいがするくらい、高い場所だ。屋根もなければ、壁もない、吹きさらしだった。石の床が氷のように冷たい。


「また様子をみにくる」

 公爵はそれだけ言うと、私を置いていってしまった。

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