第6話 氷河がとける

 とっくの昔に死んだのかと思っていた。戸外の寒さで毛布一枚ももらえずにいては、死んでたっておかしくないのだ。


 髪の毛や衣服がぬれて、ぐっしょりと重い。大きなくしゃみをした。


 目をうすく開けて、朝日がのぼってゆくのを見る。朝日……、すると朝になるまで生きていたのだ。信じられない。生きているなんて強運だ。


 微かな音、遠くからの轟音がきこえる。


 体を起こして音の正体をたしかめようと、周りをみまわした。氷河だった。強い日差しをあびて、激しい勢いで河の氷をとかしている。一晩のうちに氷河がとけてしまったのだ。


 

 マクシミリアンがやってきて、私を離れの尖塔へと連れていった。小さな窓に木製の質素な寝台、空の花瓶、壊れかけの椅子。また新しい独房に閉じ込められたのだ。


 暖炉に火が入っている。私は力なく暖炉の前に座り込んだ。


「どうしてここに移したんです?」

 恐る恐るきく。


「氷河がとけた」


「それで?」


 何が言いたいのかわからないので、さらにたずねた。


「お前には本当に力が備わっていた。氷河がとけたのはお前が魔女だったからだ。もう一晩お前を寒空の下に放置して、ダムを決壊けっかいさせても困る」


「氷河をとかしたのは私じゃないわ」

 すぐに反論する。


「いや、お前だ。お前以外にいない」


 言いがかりだ。私はもともと魔女なんかじゃない。疲労と寒さで昨日の夜はずっと眠っていて、そんなことできるはずないのに。


 が、まあそれで命が助かったのだ。


 兵士が一人、部屋に入ってきた。あたふたしている。


「閣下、ダムが決壊して、放牧地に水が流れ込んでいます」



「村人を城の中に避難させてやれ。ダムを止めることはできない」

 マクシミリアンはウンザリした様子で言った。

「これでお前の望み通りか?」


「あなたの領地を破壊することに、なんのメリットがあります?」

 私は畳みかけるように聞いた。


「ないだろうな。だが、お前はわたしを憎んでいる」


「誤解ですわ。どうやって知らない人のことを憎むんです?正直、あなたを一目見たとき、残念に思いました。殺そうとしていたのに、全然憎しみがわいてこなかったんですもの」


 正直な気持ちだった。それなのに、エディスに喋らせるとサイコパスにしか聞こえない。


「何が望みだ?」

 公爵が声を荒げて言う。


 私はちょっとためらった。

「自由です。それに一人で暮らしてゆけるだけの財産と」


 我ながら、なんて強欲なんだと思った。


「要求通りにしたら、私と領地に危害を加えないか?」


「約束はできません」

 私はからかうように公爵を見た。


「いいか、ダイアンはお前を殺すべきだと言っている。そうすれば私が命を狙われる恐れも、領地が荒らされる心配もないからだ。エディス、与えられたものを受け取って大人しくしているんだ。そうすれば……」

 公爵は何か言おうとしてやめる。


「たとえそうだとしても、約束はできません。それよりもダイアン様に洪水を止めてもらうべきでしょう?」

 私は上目遣いに彼を見て言った。


「ダイアンにはその能力がない」

「もし、私にもないとしたら?コントロールできないとしたら?」


「なら殺すべきだな」

 公爵はそう言ってため息をつく。


「私の魂は炎に包まれても死ぬことはないわ」


 マクシミリアンは私をじっと見つめた。

「お前は愚かな魔女だ。ダイアンが殺したくなるのもわかる」


「ダイアンはあなたの婚約者が気に入らないのよ!あなただって殺したいのでしょう?」

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