第4話 婚礼前夜、ベッドの上で

 混乱した頭のまま、寝室に戻った。あの不気味なお城の外観からは予想がつかないくらい、快適な寝室だ。


 こんな部屋に住めるなら公爵夫人の生活もいいものだ、なんて思ってしまう。今までの異世界ライフでは、灰だらけのシンデレラみたいに屋根裏部屋に住まわされたり、洞窟に隠れ住んだりしていたから。


 左端には天蓋付きのベッド。赤いベルベットのカーテンつきのものだ。ベッドの上にはサテンの淡いブルーグリーンのドレスが置かれている。気のせいか、エディスのいつも着ているものより大きい感じがした。


 白い、透き通った布地のネグリジェ姿で、手に蝋燭をもち廊下に出た。


 気がついたら、マクシミリアンの部屋の前に立っていた。

 彼は扉を開けて、質問さえせずに、私を部屋の中に入れる。


 公爵は長いリネンの寝間着姿だ。


 なんとなく居心地が悪かった。こんなふうによく知らない人の部屋に押しかけるなんて。


「結婚の前に、夫になる人のことを知っておきたいんです。たとえ、あなたが私のことを愛してくれないってわかっていても」

 私は公爵の暗い瞳に説明した。


 緊張して口の中がカラカラだ。声がまともに出ない。


 公爵はかたい表情のまま、わたしを見つめていた。


「先にあなたのことを話しては?」

 マクシミリアンが穏やかな声で提案する。


 私たちはベッドに並んで座った。彼がワインの入った盃をすすめてくる。


「私のこと?」

 まばたきして、エディスの記憶を探ろうとした。


 思い出すものすべて、婚約者に話せそうにない。女中をいびった記憶とか、馬に細工をして求婚者に恥をかかせた話とか。


 でも、皇帝のアルフレッドとの思い出は違う。


「アルフレッド様は幼い頃からの友達でした。二人でよく隠れんぼをしたものです。宮殿の中は仕掛け扉や隠し部屋がたくさんありたしたから、ちょっとした冒険気分でした。かくれんぼをしているうちに、怖くなって泣いてしまったこともあります。ずっと見つけてもらえなかったらどうしようって。でもアルフレッド様は必ず見つけてくれました」


 わからないのは、どうして伯爵はエディスとアルフレッドを結婚させようとしなかったかということ。エディスは皇帝と結婚するものと思っていた。そうすれば、皇帝の妃になれるし、恐ろしい公爵と一緒に暮らさなくてよかったのだ。皇帝だってエディスに夢中だったのに。


「皇帝はさぞあなたを可愛がったことでしょうね」


 失敗した!婚約者の前で他の男性の話をするなんてバカだ。


「ええ。でも違うんです。つまり、あなたがスキャンダルだって思わなければいいんですけれど。陛下とわたしの間には何もなかったんですから」

 しどろもどろになる。


「きれいな指輪だ。誰の贈り物です?」

 公爵は不意に私の手首をつかんでたずねた。


 あまりの力の入り方にギョッとしてしまう。言い逃れも嘘もゆるさない、という意思を感じた。


「母の形見です」

 手を引っ込めようとしたが、無駄だ。


「大広間で会った時はつけていなかった」

 手首をがっしりとつかんだまま言う。

 

 私たちはお互いにゆずらなかった。手を引っ張りあっている。彼の手から私の手首がぬけた。勢いでベッドの上に倒れ込む。


 変なことが起きた。私はベッドに寝転がって彼を見上げ、彼は私にかぶさっている。


 目が合った。マクシミリアンは怒ったような顔をしている。


 と、いきなり手首をものすごい力で押さえつけると黄色のダイヤモンドの指輪を抜き取った。


「エディス・コンティの名にふさわしいように、このまま娼婦みたいに扱ってやるか。そうすれば、お前だって私のことは見下せないだろう」


 私は彼の下から逃げ出した。マクシミリアンはやすやすと私を捕まえてしまう。が、無理強いはしなかった。


 彼は廊下まで私を引きずってゆくと、衛兵に引き渡した。


「この私を殺そうとするとはな。噂通りの女だ。夜明けに処刑だ。閉じ込めておけ」

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