第3話 冷たい歓迎

 翌朝、公爵のお城に着いたのは日が沈んでからのことだった。

 雪の降り積もった山道はけわしく、思ったより時間がかかったのだ。御者は馬をダメにしてしまうのではないかと恐れていた。


 上にのぼるにつれて、空気はますます薄く、冷たくなってゆく。分厚い毛皮のコートに包まれていても、指先はかじかんで、体の芯から冷えてしまっていた。


 さびれた青銅の門がギーッと開いて、馬車を城内に通した。中は一面真っ白である。


 屋敷から執事のホッブズという男が出てきて慇懃いんぎんな調子で挨拶した。

 やけにヒョロ長くて、青白い顔をした男だ。この不気味なお城と一緒、ホッブズはいかにも陰気な人物だった。

 とても好きになれそうにない。私はコートの袖の中でギュッと手を握りしめた。


「旦那様は大広間でお待ちです」

 ホッブズが教えてくれる。


「ずいぶん長くお待ちでいらしたでしょう?雪で到着が遅れてしまいましたもの」

 私はホッブズの後ろを歩きながらたずねた。なるべく明るい声を出そうとしていたら、声がひっくり返ってしまった。


 恥ずかしいし、このお城や住人がもう恐ろしい。


「旦那様はゆうべ外出なさっておいででした。今朝、ようやく帰ってきたのです」


 どうやら公爵は花嫁に興味がないらしい。この結婚も伯爵の出す、持参金目当てなのかもしれない。昨日の村人の噂が本当なら、十分ありうることだ。


 大広間の扉の前に来ると、ホッブズは振り返ってマルグリットを見つめた。


「失礼ですが、あなたは先に行って寝室を整えておくべきかと」


 遠回しに私と公爵、二人だけの面会を要求しているのだ。マルグリットは励ますように私を見ると、案内役の使用人について廊下の曲がり角へと消えてしまった。


 ひとりっきりで公爵に会わなければならないのだ。心細かった。


 公爵は大理石の台座に寄りかかって立っていた。見下すような、傲慢で、冷徹な顔をしている。背は高く、ハンサムだった。


 黒いまっすぐな髪に、濃い青色の瞳、薄い唇。

 近寄りがたい人だ。


 公爵は冷静に私を見つめていた。というよりも、観察していた。意外そうな顔をしている。が、すぐにそれは失望の表情に変わった。


 彼は私が近づいてお辞儀をすると、姿勢をなおして向き直った。


「マクシミリアン様」


「では、あなたが婚約者というわけだ」

 品定めするような、冷ややかな声である。

「あなたをこのお城に歓迎しよう。婚礼は明日行われる。それまでは城内でゆっくり過ごすのがいいだろう」


 まるでお互い知り合うのを避けているみたい。


「公爵様、私があなたの妻になれて、どれほど嬉しいことか、それだけは知っておいてください」

 すかさず言う。


 ひょっとしたら、父の命令から自由になれるかもしれなかった。


 だってこの人を目の前にした時、わかったのだ。私には婚約者を殺すことはできない。たとえこの人がどれほどの悪党であってもだ。殺すのが怖いからじゃない。そんなことが理由じゃない……


 胸が甘いほど苦しくなった。この人が悪人か善人かはわからない。たぶん悪い人なのだろう。わかるのは、この人が気高い人だということだけ。


「エディス嬢、私は違う。あなたの噂なら聞いてきたを男たちをもてあそび、罪の意識もなく、その命を奪った。ふしだらな女性だ。皇帝の提案でなければ、あなたを花嫁にすることなどなかっただろう。私はあなたを愛することも、好き勝手させるつもりもない。だから、私の愛情など一切期待するな」


 

 結婚は始まる前から散々だった。私は夫を毒殺しなければならない。公爵は花嫁を嫌って一切信用していない。


 私の思いは乱れに乱れていた。黄色いダイヤモンドの指輪を見つめながら、実行するべきか、決めかねている……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る