異世界転移病の女子高生、念願の悪女に転生する〜婚約者様、私を殺すのを考え直してもらえませんか〜

緑みどり

第1話 伯爵の命令

 コンティ伯爵は書斎で娘の私を待っていた。ルビーの指輪をつけた人差し指で小刻みにテーブルを叩いている。眉間にしわがより、白い髭で囲まれた口元はげんなりと下がっていた。苛立たしげな表情だ。


 父は鷹の剥製はくせいを眺めていた。エディスの幼い頃の記憶がよみがえる。昔からこの書斎にくるのが嫌だった。剥製の瞳が怖かったのだ。


「お父様、お呼びでしょうか」

 私が控えめにきく。


「ああ、呼んだ。お前の婚約のことだ。公爵と、マクシミリアンと結婚しろ。明日ここを発つんだ」

 反論はゆるさせない、という口調だ。


 私は驚いて言葉も出なかった。公爵だなんて、マクシミリアンなんて聞いたこともない。だいたいいつ婚約したのだろう。生まれ育った城をいきなり出ろ、なんて。


「結婚、ですか。なぜです?求婚者ならまだこの領地に大勢いるのに」


 伯爵の令嬢、エディス・コンティには大勢の求婚者がいた。輝く金髪に緑の瞳、ぬけるような白肌。長い手足。その美貌のために今まで大勢の男たちが命を落とした。ある者は決闘で、ある者はエディスの単なる気まぐれのために。ある者は父コンティ伯爵の策略のために。


 エディスは典型的な悪女なのだ。

 最初、エディスに異世界転移できた時はとても嬉しかった。なぜって、私、天川あまかわらなは世にも奇妙な「異世界転移病」にかかっていて、これまでか弱い令嬢ばかりになってきたから。

 

 か弱い令嬢になるのがどんな感じかって想像つく?男にも女にもいじめられっぱなし。継母とか薄情な父親とか、ひどい時なんか道端の牛に襲われたけど。

 とにかく悲惨な生活なのだ。最後には決まって悪女や継母に殺されたり、病死したり。ロクな最期を迎えたことがなかった。


 悪女になったからにはこの異世界でも悲惨な死に方をせずにすむだろう。だけど、見ず知らずの公爵に嫁いでいくなんてよくない。全然よろしくない。もし暴力亭主だったらどうするの?もし日がな一日よだれを垂らしてる変態野郎だったら?

 それよりも伯爵のお城にいる求婚者の中から夫を選びたかった。


 癇癪持ちの伯爵に真っ向から反論するのは賢いことではない。エディスの父親は冷淡で家族でも使用人でも友人でも自分の言うことを聞かないと、気が済まないのだ。つまり、伯爵の命令は絶対なのだ。


「正確には公爵と結婚するわけじゃない。あんな若造にお前を渡してたまるものか。お前は帝国一美しい娘だからな。

いいか、お前は公爵と結婚する前に殺すんだ」


 絶句してしまった。信じられない。婚約者を殺すなんて。いくらエディスだってそんなことできないはずだ。


「マクシミリアンは死んでしかるべき男だ。その方がよっぽど世のためになる。あいつのせいでどれだけ罪のない血が流されたことか」

 伯爵が痛ましそうに言う。どことなく演技がかって見えた。


「お父様、私、見ず知らずの男の人を殺すなんてできませんわ。腕力だってかないませんもの」


 伯爵は嬉々ききとして宝石箱から黄色の大きなダイヤモンドの指輪を取り出してきた。ダイヤモンドをひねるとパッと開いて、中の空洞が出てくる。


「我が勇敢な娘よ、ここに毒を隠すんだ。マクシミリアンは誰よりも罪深い人間だ。もしお前が彼を殺したら、国中の者が感謝するぞ」


 私はためらいながらも黄色いダイヤモンドの指輪を受け取った。


「それと、もし公爵を殺さなかったらお前の命はないものと思え。見張りをおく予定だ。公爵に情を感じたりするんじゃないぞ。奴は言葉巧みな上にハンサムだからな」



 そういうわけで、次の日には父のお城を出て、陰気な旅を始めたのだ。私に誰かを殺すなんてできるはずがなかった。だが、父に殺されるのもいやだった。


 私ってまったくツイていない!せっかく悪女になったというのにすぐ殺される運命なんて。

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異世界転移病の女子高生、念願の悪女に転生する〜婚約者様、私を殺すのを考え直してもらえませんか〜 緑みどり @midoriryoku

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